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トロントの各界で活躍する著名人にインタビュー

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松永 真 Shin Matsunaga
グラフィックデザイナー
スコッティのティッシュ箱や阪急百貨店の包装紙などのパッケージデザイン、西友やカルビーなどのCI計画(コーポレート・アイデンティティ)、そしてポスター。

デザインの「スーパーマーケット」と表現されるほど、多様な表現を持つ松永真は、そのデザインに思想的なエッセンスを含ませる。

「スタイルを持ったらデザイナーはおしまいなんです。僕の中ではね」

デザインの仕事は、アーティストとは違い、クライアントあっての目的芸術である。クライアントが描く、時にあいまいなイメージを、デザインという目に見える形に表現する。だからこそ、一つのデザインが出来上がるまでのエピソードは面白い。
「整髪料UNOのパッケージデザインの仕事の時は、太くて細くて、重くて軽やかで、まん丸くて尖っている、そんなデザインを要求されてね…」
しかし、松永も負けてはいない。

「スコッティのデザイン・コンペでは、花柄を使うということと、決められたロゴを使うという2つのルールがあったんですね。しかし、ウサギ小屋と言われるような日本の狭い家の中で、花柄のティッシュ箱に主張されたくない。箱は真っ白でいい。だから、花柄を使わないと決めてね。そうしたら今度は、ロゴが浮き出てきて、どうもそれが気に入らない。それで、頼まれもしないのに6ヶ月もかけて勝手にロゴも変えて、それをコンペに出したんですね」
彼の中には、答えは一つではなく他にもあるといった感覚がある。点から面に、そして立体に広がる思考。全体を見ることが出来るバランス感覚がそこにはある。
「やはり幼い時に3つの文化圏を体験していますからね」と、彼はその理由を説明した。
東京から筑豊、そして京都へ

1940年に東京で生まれた松永真は、太平洋戦争の戦況の悪化にともない、父親の出身地である九州の筑豊に学童疎開することとなった。引っ越した当初は文化の違いに戸惑ったが、筑豊の人々の骨ばった、それでいて明るい人柄が肌に合い、時間と共に周りに溶け込んでいく。そんな松永少年は、小学生になると全員が同じ字体で書かれた名札を制服に付けていることが気になって仕方がなかった。
「『君にはどうもこういう字体が似合いそうだ』とか言ってね、友達の名札を作っていたんですね。それが評判になって、他のクラスからも作って欲しいと注文が来てね。でも、その人がどういう人か知らない。だから作る前に、色々とインタビューするんですよね。『君はどこの町出身?』とか『お兄ちゃんがいたっけ?』とかね。まだデザインなんて言葉も知らない頃でしたけど」
その他にも仲間でグループが結成された時には、「俺たちはこういう感じで行こうぜ」とコンセプトを作ったり旗を作ったりした。
「今から考えると、これってコーポレート・アイデンティティなんですよね」
中学に上がる頃になると母親の勧めもあり、筑豊から母親の実家のある京都へ移ることとなる。中学、高校の間、京都の文化を感じながら、彼は京都大学へ行くための受験勉強に励んでいた。
「だけどね、受験勉強していても何か違うなと思っていたんですね。そんな時に、たまたま雑誌で東京芸術大のデザイン科の記事を見つけてね。それまでは絵は好きだったけど、それでどうかなるかなんて考えもしなかった。でもその時は『俺がやりたいことは、どうもここにあるんじゃないか?』と思って、次の瞬間に『これに決めた!!』と。それでもう『物理も数学も、明日からはやらないぞ』ってね(笑)。その時の開放感は未だに夢に見ますね」

当たり前とバランス感覚

3つの文化に触れた松永真は、3種類の価値観を得たと同時に、どこへ行っても変わらない『当たり前のこと』を見抜く目も養った。
「国際コンペに行くと、各国の名だたるデザイナーが一同にやってくるんですよ。そんな場で『国も考え方も違う私たちに一つだけ共通することがある。それは何だと思いますか?』と聞くと、誰も答えられないんですね。答えは『みんな勝ちたい』ということなんです。だから先のスコッティの場合もルールをみんな守った。そして、僕だけが視点を変えて、結果として勝ったんですね」
そんな彼は「カメラマンに『笑ってください』と言われたら、ついつい『笑わせんかい』と思ってしまう(笑)」と言う。彼が最も好きなのは、当たり前のことを見つけて、それを綺麗に整理して世の中に出す仕事だそうだ。
「例えば、人命救助は当たり前のことですよね。でもそれは美談になるわけです。世の中、当たり前のことに気が付いていないことが多いんですね。気が付いていないことを気付かせる。それが自然と他との差別化につながるんですね。差別のための差別でもないし、ルールを破ることが目的でもないんですよ。例えば、花柄のティッシュ箱は店頭では目立つけど、家に持ち帰ったとたん目障りになると言うことです。普遍的なものというか真理というか。そう言うものを見出す思想的な仕事に魅力を感じますね」

小さな箱の大きな宇宙

松永真はポスターのデザインも数多く手掛けているが、「ポスターは本来なら消えていくメディア」であると語る。
「この情報化時代に、ポスターは街角に立っている告知板というもっとも原子的なものですよね。こんな遅いメディアはない。でも日本人は好きなんですよね。箱庭や庭園などのように、小さな中に大きなものを詰め込んでいくということを好む国民性ですからね」
だからこそポスターには、読み手によってはずいぶんと深く読んでいくことが出来る、ある種のゲーム性が存在している。
「ある偉い人がですね、僕のPEACEのポスターを見て『これは人が平和に喜んでいる姿だ』って言ったんですけど、全然違うんですよね。これには『今は平和で喜んでいるが、それは幻影かもよ』という意味を込めているんです。でも、解る人には解るんですね。このポスターがポーランドのワルシャワで賞を取ったということがそれです。ドイツとロシアに挟まれたポーランド人にとって、平和は常に幻影なんですね。だから、そんな国の人に理解してもらえてとても嬉しかったですね」
ポスターにおいても、多種多様な表現方法を持つ彼は、最後に自身の作品についてこう語った。
「人間は複雑ですからね。『色んなモノが並んでいて、全部違うように見えるけど、どこか全部一緒だな』と感じてくれたらいいなと思います。人間は単純なものじゃないということは、ポスターという単純な一つのジャンルを見ても判ります。つまり、シンプルのプロセスはとても複雑で、『シンプルは単純じゃない』ということですね」。

インタビュー/平井健一
松 永 真 【Shin Matsunaga】
1940年東京に生まれる。1964年に東京芸術大学芸術学部デザイン科を卒業。資生堂宣伝部を経て、1971年松永真デザイン事務所を設立。1988年以降、ワルシャワ、ユーゴスラビア、ニューヨーク、ベルギー、スロベニアなどで大規模な個展を展開する。1995年、銀座和光にて『松永真のフリークス展』を開催。フランスのタバコ『ジタン』のパッケージデザイン国際コンペにて優勝。
 これまでに手がけた仕事には『ニューズ』、『カンチュウハイ』、『ブレンディ』、『スコッティ』などのパッケージデザイン、西友、ロイヤルホテル、ISSEI MIYAKE、カルビー、ベネッセのCI計画、『PEACE'86』のポスター、フランス革命200周年記念の人権ポスター、汎太平洋デザイン会議シンボルと公式ポスターなどがある。
〈主な受賞歴〉
1967年………………日宣美展特選
1969、70〜73、78年…ADC賞
1978、81年……………日米グラフィックデザイン展金賞
1987年………………86年度毎日デザイン賞
1988年………………第12回ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ金賞・名誉賞
1991年………………芸術選奨文部大臣新人賞

Works
©Shin Matsunaga
【Peace】 1986年
1988年の第12回ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ金賞・名誉賞を受賞した作品。「一瞬が勝負ですからね。『パッ!』と目に付かないといけない。だから基本的には、ポスターに中間色は無いと思うんですね」
(c)Shin Matsunaga
【Metal Freaks,“Spring”】 1993年
デザイナーとしてではなく、自由人『松永真』によって制作された『フリークス』作品の一つ。これらの展覧会は95年に銀座和光で開かれ大きな反響を呼んだ。「日頃、デザインという目的芸術をしていると、リフレッシュするために無目的なことがしたくなるんです」
(c)Shin Matsunaga
【Scottie】 1986・87年
松永真が過去に手がけたパッケージデザインの中で、最も有名な物の一つ。「この時は、コンペのルールを破りました。ルールを破ることはとてもリスキーです。だから、ルールを破っていいのはそのルールを超えている場合だけです」

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