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Xing Bang Fu
ジン・バン・フー
ダンサー/振付師 |
古代より人々は、神へ捧げるためにそして自然の怒りを治めるために舞を舞った。今回は、その心を残しながらも新しいアプローチを試みるダンスグループを訪ねた。
〈インタビュー/西尾 裕美〉
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『Xing Dance Theatre』は古代から伝えられ、成熟してきた伝統的な中国舞踏に西洋のエッセンスを加えた個性的なダンスを創作し続けているグループだ。脚本、振付け、セット、衣装まで、全てを手作りで行なっている。
「資金があるバレエ団などでは分業が進んでいるね。分業制は、一定の仕事だけができる人を雇えばいいから簡単だけど、もしも、衣装がちょっとだけフィットしないとなったら、針子さんがいないと直せないっていう事が起きるんだ。でも僕達は違う。衣装も直せるし、セットも作れる。だから、全体を見るように目が肥えてくる。それに一番の利点は、振り付けもセットも衣装も合わせて、自分達の好きな作品を、納得がいくまで作り込むことができることだね」
そう語るジン氏。その言葉の裏には大きなスクールの経営をしていた時代の苦い経験がある。
「最初は子どもを中心にバレエ学校を経営していたんだ。でも僕は、ダンスをプロとしてやっていこうとしたら教えていられないことに気付いた。僕にとってのダンスはキャリアで、人生の中で一番大切なこと。楽しみでやっているんじゃない。本気なんだ。だから、200人以上の生徒を持つバレエ学校を経営して生活費を稼いでいくことと、プロのダンサーとしてやっていくことに摩擦が生じた。それに、学校に子どもを通わせているご両親の望むことは子どもにチュチュ(バレエ着)を着せて舞台に上げること。でも僕はそれでだけでは満足できなかったんだ」
常にもっと上を目指し、現状に満足できないのは、僕が好奇心旺盛な申年の生まれだからかもしれないね…と笑うジン氏は、中国の広州生まれ。幼い頃から水泳の選手として活躍していたが、水泳よりもダンスに強く惹かれていた氏は15歳の時、ダンススクールの試験を受ける。
「実は、両親に内緒で試験を受けたんだ。合格した後に両親に報告したら、当たり前だけど、驚いていたね(笑)。冗談だと思ってたみたいだ。でも、本当だった。そこからすぐに北京に行ったんだ」
北京バレエ学校に入学したジン氏は中国の伝統的な舞踊を教え込まれた。
「中国舞踊(Chinese Dance)っていうのはオペラ(京劇)から始まっている。京劇はその起源を太極拳(タイチー)などのマーシャルアーツに持つ。中国舞踊はその動きが全て決められていて、とても厳しい決まりがあるんだ」
決まりに縛られた舞踊に疑問をもち始めた頃、祖国を離れ、アメリカで踊ってみないかという誘いを受けるジン氏。このまたとない機会に飛びついたのはもちろんのことだった。
「アメリカに渡り、コンテンポラリースタイルのバレエに出会ったんだ。厳しい決まりを持つものよりも、僕には合っていると思った」
そして数年後、カナダへ渡った氏は、オンタリオ・バレエ・シアターにて舞台を踏む。しかし、またしても「何かが足りない」という不安感に襲われるのだった。
「その時、今のパートナーであるシモン(写真左)に出会ったんだ。シモンはモントリオール出身のフランス人。僕とは全く違ったバックグラウンドを持っている。だから、シモンの持っているウエスタン・スタイルのダンスに、僕の持っているアジアン・スタイルを掛け合わせたらどうかと思ったんだ。いつも何か違うものを探していたけれど、これだったんだと思った」
西洋のバレエの形を残し、その中に東洋の心を注ぎ込んだ『Xing
Dance Theatre』の独創的なスタイルはこうして完成する。
現在は新演目『INK』の公演に向けて練習の日々が続くジン氏と参加ダンサー達。
「インクとは、習字で使う墨のこと。インクさえあれば、どんな字でも、どんな絵でも自由に書くことができる。だから『INK』は、まさしく僕達のダンスグループを象徴している演目になると思います。四月の公開に向けて日々、厳しいトレーニングをしていますよ。でも、大切なことは楽しむこと。演じる側が楽しめばその感情が観客へも伝わりますから、相乗効果で非常に素晴らしい舞台になることを期待しています」
日本人ダンサーも加わって、さらにパワーアップした『Xing Dance Theatre』。これからもその個性的な活動は、ダンス界に新風を送り込んでいくだろう。
〈インタビュー/西尾 裕美〉
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