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トロントの各界で活躍する著名人にインタビュー

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Denise Fujiwara
デニス・フジワラ
ダンサー、アーティスティック・ディレクター
日本に生まれた本能のダンス「舞踏」。人間本来の姿を見つめるこの踊りは国境を越え、言葉を越え、私達の心を躍らせる熱いメッセージを伝える。

〈インタビュー/西尾 裕美〉

毎年、初夏に行なわれる『CanAsian Dance Festival』。昨年、アジアというネーミングにつられるように会場を訪れた私を待っていたものは、各国から集まったダンサー達の、めくるめく、クリエイティビティの嵐だった。今回も多くのゲストダンサーが招かれ、例年に増して国際色に富むこのフェスティバルのアーティステック・ディレクター、デニス・フジワラ氏にお話を伺った。

フジワラ氏は日系3世。家系を遡ると、カナダに移住して既に100年以上が経っているという。
「生活はカナディアンだけど、日系人としての自分のバックグラウンドにとても興味を持っています。それが舞踏を始めた理由の1つかもね」
10代の頃、体操選手として活躍したフジワラ氏がダンスを本格的に始めたのは大学の時。子どもの頃からダンサーになりたかったという彼女は、コンテンポラリーダンスを中心に行なっていたが、現在は『舞踏』にその表現方法を移している。
舞踏とは、日本発祥のダンス形式だ。その始まりは1959年。ダンサー土方巽(ひじかた・たつみ)の作品『禁色』だといわれている。創造されるや否や、舞踏はそれまでになかった新しい舞踊形式として一部の舞踊評論家や愛好家から注目を集めた。しかし、全身を白く塗って行なわれた初期の舞踏が一般受けすることは無く、異端として扱われていたようだ。そんな舞踏は、80年代になって「BUTOH」として海外に紹介される。

「舞踏は海外に伝わって高い評価を受けた。その衝撃は大きく、ユニバーサルになった舞踏をダンサー達は個々の解釈を加えて味付けするようになったの。フェスティバルなどで見られる舞踏には、そのダンサーや振付師の個性がスパイスとして入っているのよ」
大学卒業後は、コンテンポラリー・ダンサーとしてカナダ国内で高く評価されていたフジワラ氏。一転して舞踏を学び始めた理由は、ある日本人ダンサーとの出会いだった。

「中嶋夏というダンサーがきっかけとなったの。彼女がモントリオールのダンスフェスティバルに来た時、初めてその作品を見た。言葉では言い表せないほど感動したわ。彼女の作品は成熟していて洗練されていた。そしてドラマティックで…。私の中に熱い感情が押し寄せた。すぐに分かったの。これが学ばなきゃいけないものだって」
コンテンポラリーダンスは、比較的若い人たちに支持されることが多いという。そのため、そのテーマはどうしても若い世代にフィットするものが多くなっていると彼女は語る。
「夏さんはその時すでに歳を重ねていた。あんなに成熟した、深い作品を踊るなんて…どうやって、彼女のように歳を重ねたテーマを表現するのかを学びたかった。それまで、あんなに心を動かされたことは無かったわ」

深く感動したフジワラ氏は、中嶋夏に手紙を書く。
「返事はこなかった(笑)。だから、電話してしまったの。だって、どうしても彼女から学びたかったから」
中嶋夏の答えは、学校を行なっているわけでもないし、世界中をツアーして周っているから生徒をとって教えるような立場では無いというものだったという。しかし8年後、幸運にも共通の友人を持つことになる。
「ある大学のダンス課程で教鞭をとっていた人で、私がどれだけ夏さんから学びたかったを知っていた。だから、彼女が私と夏さんの間を取り持ってくれたの。夏さんの状況も変わっていて、最初に連絡をしてから9年後、やっと彼女と会えることになったの」
ところが、中嶋夏がスタジオに入って扉を閉め、体を動かし始めたとたんにフジワラ氏に別の感情が沸き起こる。
「舞踏の前では、私が学んだこと全て、達成したもの全てが役に立たないことに気付いた。怖かった。突然、私はビギナーになってしまったんだもの。日本のアートは西洋のものとは全く異なるのね。舞踏を始める前には、それに気付かなかったの(笑)。そんな葛藤と苦悩の中で生まれたのが『Sumida River』よ。夏さんが日本の能演目『墨田川』からヒントを得た振り付けを私に薦めてくれたの」

フジワラ氏は『Sumida River』以降、和栗由紀夫の振り付けで、同じく能の演目である小町物からインスピレーションを受けた『Komachi』を完成させている。日本から生まれたダンスで日本の物語を語る。そこでは、物語の背景となる文化を理解することも重要な要素だ。ルーツは日本人といえど、カナダで生まれ育ち、英語を話して生活する彼女にとって舞踏を修得することと同様に難しいことであっただろう。そんな質問に彼女はこんな答を返した。
「舞踏の屋台骨は、ダンサーと振付師のクリエイティビティにかかっている。コンテンポラリーよりももっと独創的ね。だから、カナダで育った日系人としての私なりのツイストを加えることができる。それに、どんなに大変でも、舞踏が、そしてダンスが私の話したい『言葉』だった。経験を積むにつれて、私にとっての舞踏はどんどん意味深いものになってきている。舞踏が私の母国語ね」。





〈インタビュー/西尾 裕美〉

ダンサー、振付師、CanAsian Dance Festivalアーティスティック・ディレクター。Canadian Modern Gymnasticsチームで体操選手として活躍した後、ヨーク大学ダンス過程で学ぶ。 ダンサーとして27年以上のキャリアを持ち、2000年にはトロント『NOW Magazine』にてBest Dance Performanceに選ばれた。www.fujiwaradance.com
Komachi
若く、美しいが冷酷な小町。そんな彼女もいつかは年老いて、人々の記憶から消えていく。若かった時代を懐かしみ、自分の非情を悔いる小町はある日、若かりし日の夢を見る…。絶世の美女として名高い『小野小町』をモチーフとした能作品にヒントを得て創作された作品。
Sumida River
人買いにさらわれた1人息子を探して、京都から武蔵国(現在の東京近郊)を流れる隅田川まで辿り着いた母親。しかし、彼女の愛児はすでにこの世を去っていた。そんな母親の悲しみを舞踏で表現する。世界的に有名な振付師、中嶋夏(なかじま・なつ)の協力のもと、15世紀の能演舞『隅田川』からインスピレーションを受けて作り上げた。
Photo by Cylla von Tiedemann
Unearthed
地球に乾季が訪れた。原始生活を続けていた人々は悲しみに沈み、老いも若きも、乾き切った土の上にへたりこむ。地球の価値と運命を包括するこの作品からは、藤原がダンスで表現する力強いメッセージが観る者へ伝わる。
Conference of the Birds
あちらこちらから集まった鳥達は悟りを開くため、旅の計画を始める。ところが、その長旅は楽しいだけのものではなかった。言い訳を重ねて旅を途中で止めようとする鳥達。そんな鳥達は、あることをきっかけに飛び立つ勇気を持つことを学び始める。同名の原作小説はイスラム社会における『カンタベリー物語』ともいわれ、多くの人に親しまれている。
Photo by Omer K. Yukseker
Late Fall
秘密。何を見せて、何を心のうちに隠しておくのか、普段何気なくしているその選択。秘密こそが人間を動かす本当の力を持っているのではないだろうか。女性をポートレートに、その力を表現する。
Photo by John Lauener
今年もトロントのダンスファンが待ち望んでいたイベント
『CanAsian Dance Festival』が行なわれます。
■日時: 6月8日(木)〜10日(金) 20:00〜
■場所:Harbourfront Centre Theatre
(231 Queens Quay W. )
■入場料:一般 $28、 シニア・ 学生 $23
■連絡先:416-973-4000
■サイト:www.canasiandancefestival.com

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