2002年9月17日、平壌で日朝首脳会談が行なわれた。この会談で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪れた日本国首相・小泉純一郎と北朝鮮の事実上の国家元首である国防委員長・金正日は「日朝平壌宣言」に署名し、国交正常化交渉を10月に再開することで合意した。
そして、この歴史的訪問をことさら熱い視線で見守る人たちがいた。横田夫妻をはじめとする「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」の面々だ。この会談で北朝鮮側は、長年否定し続けていた日本人の拉致を初めて認め、謝罪。再発の防止を約束した。その一ヵ月後、拉致被害者のうち5名が24年ぶりの帰国を果たす。しかし、その中には失踪当時13歳だった横田めぐみさんの姿は無かった。めぐみさんは自殺したと主張する北朝鮮、その証拠を求める被害者連絡会を中心とする日本…。現在も物議を醸している国際問題だ。
今回は、日本人拉致問題とその裏にある人間ドラマに心を動かされ、ドキュメンタリー作品『ABDUCTION〜拉致〜横田めぐみ物語』を制作したカナダ人夫妻、クリス・シェリダンとパティ・キムの両氏にお話を伺った。
―日本人拉致問題をドキュメンタリー映画として取り上げようとしたきっかけは何ですか。
クリス「日本では(拉致問題は)本当に大きなニュースですよね。でも、ここ(カナダ・アメリカ)では、北朝鮮が日本人の拉致を認めた当時、事件についてほとんど誰も知らなかった。
私達は、小泉首相が北朝鮮を訪れたというニュースを新聞で見て初めて、その問題の存在を知りました。それだけでも驚くべきことなのに、その被害者にまだ13歳だった女の子がいたということを知ってショックでしたね。どうしてそんなことが起きたのか、そして、もちろん、被害者の家族の心境を思うと、悲しい思いで一杯になりました。だからドキュメンタリー作品を作ることで、この事実をもっと多くの人に知ってもらいたいと思ったんです」
―それで、すぐに日本の横田夫妻に連絡をとったのですね。
クリス「実際には、東京にいる日本語が話せる協力者に連絡を入れてもらいましたが、横田夫妻は密着取材の申し込みを快諾してくれました。ちょうど彼らが、日本国外にもこの事件を伝えていかなければいけないと感じていた時と重なったのだと思います。
それまで、海外のメディアでこの問題に深く触れているものはなかった。そのため、私たちの長編映画を作るという話に興味をもってくれたのだと思ってます」
―新潟で実際に横田夫妻にお会いした時、どんな印象を持ちましたか?
クリス「04年7月に初めて夫妻と会い、新潟に滞在して彼らの生活を記録したのですが、本当に素敵な人たちでした。自分の娘を愛し続けている、普通のお父さんとお母さんなんです。娘のいない辛さを我慢しながら、尊厳を持って強く生きている。たまには冗談を言って笑わせてくれたり、私たちと何も変わらない人たちです。だから余計、いたたまれない気持ちになりましたね」
―撮影を進めながら映画監督と素材ではなく、人と人としてのつながりが出来たのですね?
クリス「撮影を開始する前から、横田夫妻には『これは史実を追った映画でも、政治的な映画でもない』ということは伝えました。もちろん、政治的要素は絡んできますが、もっと『人』や『家族』に焦点を当てたものを作りたかったのです」
パティ「もし、この映画を見た人が横田夫妻や連絡会の方々の『人となり』を感じることが出来なければ、誰も彼らの訴えていることに耳を貸さないと思うんです。生身の人間を感じることが出来なければ、観客は、夫妻らがどんなにつらい目に遭っているのかを感じ取ることが出来ない。逆に、アメリカであろうとカナダであろうと、世界中のどこにいる人でも、この映画から人間臭さを感じることが出来れば『ああ、私の両親のようだ』と思うでしょう。その気持ちが人々を映画の中に引き込むんです。これは日本だけの話ではなく、父親と母親の話。子どもを思ってやまない両親の気持ちを描いた、深い愛と慈しみに満ちたラブ・ストーリーだと思っています」
―この映画はトロントのドキュメンタリー映画祭『Hot Docs』で上映され、観客賞を受賞しましたね。
パティ「定員800人の劇場が一杯になり、表で列を作って待っていた人の入場をお断りしなければならないほどだったので驚いています。観たいと思ってくれる人が大勢いるということ、上映の後に熱心に話し掛けてくれることは、非常に励みになりますね」
―今でも横田夫妻とは連絡を取り合っていますか?
クリス「もちろん。先日、母親の横田早紀江さんが米・下院公聴会で拉致問題を証言するため、ワシントンDCを訪れた時にもお会いしましたよ。ブッシュ大統領と面会した時ですね。大統領から問題解決に向けて支援をするという言葉を引き出した成果は大きいと思います」
パティ「この面会は小さいながらもアメリカ国内でニュースとして伝えられましたし、映画も高い評価をいただいていますが、日本以外では、多くの人がこの悲しい事件を今だに知らない。まだまだ、私たちがしなければいけないことは多く残されています」
〈インタビュー/西尾 裕美〉
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