『雅正の楽(伝統の音楽)』という意味を持つ雅楽は、一千年以上もの昔から貴族を中心に愛でられ、平安時代にその最盛期を迎えた伝統芸能だ。
その世界にも類を見ない伝統を守り、後世に伝えようと『音輪会(おとのわかい)』は結成された。今回は、ケベック州のエキスポ・シテで行なわれた『エキスポ・ケベック』の日本館、そしてトロント日系文化会館にて演奏会を行うため、カナダを訪れた音輪会の皆さんを代表して会長の川口智康師にお話を伺った。
平安神宮で行なわれた『桓武天皇記念祭』で舞楽を奉納したり、定期演奏会を行なうほか、日本国外でも、モナコやプラハ、フランス、インドなどを訪れて演奏を披露する音輪会は、日本関連の行事・イベントに招かれた時などを中心に1〜2年に1回程度、海外公演を行なっているという。
「海外に住んでおられる方には、(雅楽は)なかなかお聞きいただけないでしょうから」
忙しいスケジュールを縫うようにして海外遠征をする理由を川口師はこう語った。師が雅楽と出会ったのは30年以上前になる。
「雅楽を始めたのには、色んな理由がありますね。私は日蓮宗の僧侶ですから、学生の頃に身延山(山梨県にある身延山久遠寺=みのぶさん・くおんじ=日蓮宗の総本山)で学んだのですが、仏教と雅楽っていうのは密接な関係があるので、そこで雅楽を習ったのがことのはじまりです。
それから、雅楽の竜笛の名手といわれる芝祐靖先生(元宮内庁楽師、紫綬褒章などを受賞)をお師匠さんとして習いました。私は京都という伝統のあるところに住んでますのでね、その流れを汲み、若いモンが集まって雅楽をやろうということで、平成7、8年ごろ、音輪会が始まりました」
昼は京都「瑞光寺」の住職として、夜は雅楽団を率いる長として、2つの顔を持つ川口師。両立するのはそんなに大変なことではないと笑うが、雅楽には、それを苦だと思わせないほどの魅力があるのだろう。とくに、その歴史は目を見張るものがある。
「雅楽っていうのは、1300年程前、インド・中国から、もしくはベトナムから中国や韓国を渡って、日本に来た『古来の音楽』ですね。ある程度編成はされたでしょうけど、現在でもほぼ変わることなく伝承されています。だから、今こうして2006年に同じことをやっているってことが、全く稀有ですね。ヨーロッパでバッハが何ぼ古いかって言っても400年くらいでしょ。
楽器とか衣装とかもそのままですね。それがどういうところで分かるかっていうと、東大寺の正倉院。ここは、聖武天皇の御具っていって、天皇さんのモノが全部納めてあるところなんやね。そこに古いモンがそのまま残ってますわ。私達は、その時代のものと同じ形体のモノを今使っているんです。衣装も殆ど、昔と変わりなく、宮廷音楽として宮内庁で使われてきたものですね。宮中で使ってたものだから、かなり値段の高いものが多く、細かい刺繍がほどこしてあります。そこには今でも通じる伝統の美がありますね」
そんな伝統の美しさを目の当たりにして、観客が雅楽の世界に入り込んで行くのがステージ上から分かるという。
「演奏を始めると、会場は一瞬にして平安時代に移っていきます。そして、はまっていくんですわ。このえも言われん音色が平安時代に鳴っていたらどういう気持ちになったんやろうなってね。今は車や電車などの色々な音がある中で、その音を鳴らしてるんやけど、昔に戻ったらこんな音やったんや…っていうのが、想像を掻き立てる」
騒音の多い現代では、平安時代と同じ音を出すのは難しいかもしれない。しかし師の言う通り、この日、日系文化会館小林ホールは平安時代の絵巻物を私達の目前に映し出した。伝統を守りながら、口伝によって伝えられる雅の音色。演奏者は実際にどのように学んでいくのだろう。川口師は語る。
「楽譜はあるんですよ。漢字が書いてあるんですが、実際の伝承方法は口伝ですね。私の場合は、お師匠さんが歌を謳われますよね。そのメロディーや言葉を聞いて、それに合わせて笛を吹くんです。そういう手法なので、お師匠さんの謳い方がちょっと重かったり、柔らかかったり、あるいは人によっては鋭い感じで謳われる。そういう力強さっていうのは、聞き伝えですね。それから譜面を見て、『こうやって書いてあるんだ…』という感じなんです。最近は洋楽の影響で最初から、譜面でやって、古典的な演奏が出来ないんですよ。それを宮内庁の先生なんかに教えて頂いて、そのような感じ(古典的な演奏)に出来るようにしてるんです」
何度やっても、外国での演奏会は非常に楽しいと語る川口師。雅楽演奏を聞くことで、日本人・日系人を中心に、祖国を見直すいいきっかけに、そして日本と日本人をもっとよく知る機会になればと語る。
「バチカンにサンピエトロ寺院があるじゃないですか。あの寺院は確かに凄いですね。でも、日本の東大寺はもっと凄いですわ。あんなモンは、外国では建てられませんよ。木造ですよ。そんな芸術を雅楽の演奏会を通じて知ってもらいたい。日本人っていうのは竹の管でこんなこまかい細工をして、こんな繊細な音を出すんですよって、日本人は計り知れない芸術の技を持っているということを見て頂きたい。だから、ちょっとでもがんばって、夏休みをかねて皆で(カナダへ)行こうかってことになったんです。できるだけあちこちへ、そういう機会がある時には行ってみたいなと思ってます」。
〈インタビュー/西尾 裕美〉
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