トロント・ダウンタウンの日本食料品店といえば、クイーン通りに店を構える「サンコー」を思い浮かべる人が多いだろう。店の西側の壁に描かれた『ビーバー』のイラストはランドマーク的な存在だ。今回はそのビーバー君の生みの親、日塔(にっとう)富夫さんにお話を伺った。
「ビーバーの絵は、サンコーのおじさん(店主の水野さん)が描いてるって思ってる人も多いみたいですね。それは、それでいいんですけど…(笑)」
そう言って笑う日塔さん、渡加前はイラストレーター・画家として著名な黒田征太郎氏が立ち上げたデザイン事務所K2でデザイナーとして活躍していた。そして、1970年の第38回毎日広告デザイン賞にて、他3名とデザインを手がけた岩波書店「日本思想大系」の新聞広告が総理大臣賞を受賞する。
「この賞でいただいた賞金を使ってカナダに来た訳です。漠然と出てきたので、こんなに長く住むとは思わなかった」
カナダが気に入った日塔さん、移住後、運良くイタリア系カナダ人の小さなデザイン事務所で働くことが決まった。レストランメニューや名刺、レターヘッドなどのデザインを手がけることが多かったが、とりわけ大きな顧客は、イートンデパートなどの新聞広告だった。
「今はカタログ用に写真を撮りますけどね、僕らの時は商品を実際に描くのが多かったんです。クリスマス前になると人形などの玩具がたくさん事務所に入ってきて、それを描写するんです。そんなことをしてるうちに、ある日突然、イラストレーターになろうかって思うようになった。『明日からイラストレーターになります』って感じで、デザイナーから変わってしまった(笑)」
ポートフォリオもないまま出発した日塔さんだったが、それまで少しずつ携わっていたCBCの仕事を皮切りに、本格的にイラストレーターとしての生活が始まった。
「イラストレーションは楽しかった。自分でアイディアを絞り出して描いたものが雑誌に載るでしょ。それがうれしかった。僕は仕事が好きだったよね」
エスクァイアマガジン、ファイナンシャルポストなど、数々の人気雑誌の表紙や挿絵を手がけた。日塔さんの作品はビビッドな色使いで描かれ、とても現代的。コミックタッチのサンコーの壁絵からは全く想像がつかないタッチだ。
「僕の描く空はブルー一色なんですよ。普通、空の青はグラデーションなんだけど、僕はそれが難しくて出来なかったんです。だから、『えい、ブルー一色でやっちゃえ』って。でも、それが強いブルーだったから好まれた。トミオ・ブルーって言ってもらって。ラッキーだったね。油絵具なら出来るんだけど、アクリルは乾きが早くてグラデーションが難しいんです。
それに、普通だったら全体的に仕上げていくけれど、僕は部分、部分から仕上げていく。まあ、デザイナーから出発したからだと思います」
現在はイラストの仕事よりも、絵本やファインアートにシフトしているという日塔さん。動物たちが活躍する絵本『Red
Rock : A Graphic Fable』も春に出版され、高い評価を得ている。
「歳を取ったら、絵本をやりたいなと思っていたんです。60だと遅いかなって感じがしたので、56歳からはじめました。結局3年かかって作り上げて、出版社に持って行ってから(実際に出版するまでに)1年かかった。それまでは、自分の人生を計画するのは好きじゃなかった。でも、絵本に関してはそろそろ始めないとな…って。普通はアイディアの段階で出版社に持っていって編集者と相談して作っていくけれど、そうすると仕事になっちゃう。自分のやりたいテーマがあったし、絵本は仕事としてやりたくなかった。だから全部自分で、まわり道して作りました。絵も初めての油絵でチャレンジ。今までのイラストとは全く違ったスタイルです。作品(絵本)は最初は41ページだったんですが、長すぎるって編集者に9ページぐらい削られて…。残念だったけど、相手はプロだしね。それでいいのかなと思ってます」
自宅兼アトリエには絵本原画のほかに、パステルで描かれたような油絵の作品が並ぶ。
「油絵もちゃんと習ってないですから。自分でちょこちょこやってるだけ。『絵を描くおじいさん』ですから(笑)。習っていたらこういうスタイルにはならなかったかも。実はこの絵を見た人はあんまりいないんですよ。展覧会もやったことないし。外に出したら批評されてそれに発奮したりして? それはそれでいいのかもしれませんけどね…。絵本もそうですが、下手でもいいから自分の想いをもっと自由に平明に描きたかった。だから、うまいとか下手とか考えないようにしてます。そういうこと考えたら絵なんか描けなくなる」
デザイナーからイラストレーター、絵本作家、そして『絵を描くおじいさん』へ。職種はシフトしてきたがその根本にある『ものをつくること』への情熱は変わらない。インタビューに答える日塔さんのまっすぐな瞳は、好きなことを追求することがどれだけ人生を充実させるのかを教えてくれている。
【後日談】インタビュー後、日塔さんから事務所に連絡が入った。
「『いつでも絵を見に来てください』と伝えてあったギャラリーのオーナーさんから急に連絡が入ったかと思ったら次の日には自宅にやってきて…」
こうして日塔さんの初個展が決まった。
〈インタビュー/西尾 裕美〉
|