季節、場所、日時によって様々な装いを見せる富士山を中心に庶民の暮らしを描き、葛飾北斎の代表作とされる『富嶽三十六景』。赤く染まる富士山を描いた『凱風快晴』やゴッホにも影響を与えた『神奈川沖波裏』などは、何らかの形で一度は目にしたことがあるだろう。その『富嶽三十六景』にインスピレーションを受けた作品『View
36』がトロントで上演されるにあたり、主演のジンジャー・ルリコ・ブッシュさんにお話を伺った。 ―女優は、小さな頃から憧れていた職業なのですか?
「本当は学者になろうと思っていたの。大学院では歴史を専攻していて、ちょうど論文に取り組んでいた時だった、何かが違うなって感じたのは…。そしてモントリオールの『カナダ国立シアタースクール』に願書を出したの。入学するためにはオーディションに合格しなきゃいけなかった。小さい頃にバレエを少しやっていたけど、特に舞台経験もなかったから、合格したことはラッキーだったと思う。オーディションを受けている時は、自分で自分が何をしているのか、分からないぐらい緊張したからね」
―女優への突然の転向に、御両親は驚かれたでしょうね。
「そうね。今やってることをすべてやめて、カナダに行くって言ったら、母親は『ダメダメ、絶対にダメ! どうしてそんなことしたの?』って言ったわ。まあ、そりゃそうだけどね(笑)。
どんな親でも自分の子どもに期待していることがあるから、「医者になりなさい、弁護士になりなさい』と子どもの将来を心配するわよね。母親は、『女優なんて生活の保証がない職業について、どうやって食べていくの?』ってね。でも、どんな職業に就いても、毎日笑顔でいられるような職業なら最後には納得してくれる。それが、親の欲していることだから。私が幸せだと思えば、どんなに最初は反対しても分かってくれるものよ」
―お母様は日本人でいらっしゃるんですよね。
「はい、母親は日本人で、父親はドイツ人です。母方の祖父は仕事の関係で海外に住むことが多かったので、母は日本語と英語が話せます。でも、残念ながら私は日本語は話せません。ドイツ語は話せますよ。ただ、父方の親戚を訪ねてドイツに行く時は、ドイツのパスポートをみせるでしょ? そうすると、一番最初に係員はいつも、私の顔を見て、ドイツ語で質問するの。英語で言えば『Hello,
How are you?』ってね。だから私もドイツ語で受け答えする。『大丈夫よ、アジア人に見えるだろうけど、ドイツ語も話すから』と思いながら、『I
am fine, I am great!』。アジア人がドイツのパスポートを持っているから、きっと不思議に思ってるんでしょう」
―今回の『View 36』は、ニューヨークで初演が行われましたが、舞台はご覧になられましたか?
「見ていません。機会がなかったのもあるし、もしビデオなどで見ることが出来たとしても、多分、見ないことを選ぶと思います。
すでに演じられたものを見ることで受けるプレッシャーというか、その俳優と同じ演技になってしまうのが嫌だから。自分の中から沸き起こるものを受け止めて演じることが、一番大事なことだと思ってます」
―葛飾北斎の『富嶽三十六景』との関係は作品中でどの様に描かれるのですか?
「実は、絵画そのものには直接的な関係はありません。『富嶽三十六景』は、実際には裏富士もあわせて46枚描かれたのですが、富士山という一つのモノをいくつもの方角から見て三十六景としてまとめられています。
そのように、一つのものをいくつものアングルから描写した物語が今回の『View 36』です。多面性の比喩として『三十六景』という言葉が使われています」
―原作者は日系の方ですよね。
「原作はナオミ・イイズカ氏です。彼女は日系アメリカ人ですね。『View 36』は、日本文化を題材とした作品ですが、それだけに留まらない、もっと普遍的な主題が隠れています。
36というのは、ぐるっと一周してすべての方角(360度)に繋がります。同じものでも、表からみた時と裏から見た時…一つのモノがまったく異なった顔を見せる。特に今回は、一人の人間の多面性に焦点が当てられています。 その人のどの面が正しくて、どの面が偽なのか? 果たしてその判断は正しいのか? 同じ一人の女性でも、職場にいる時と家にいる時は違うと思いますし、相手との関係、つまり、上司であるか部下であるか、もしくは恋人であるかによっても違う顔を見せる、そんな多面性がこの作品の主題です」
―ジンジャーさん自身も多くの面を持っていますね。
「そうですね。私は香港で生まれたから、中国人であり、ドイツ人であり、日本人でもある。トロントで感じることは少ないけど、ドイツの街を歩くと、旅行客かなと思われることが多いと思うし、日本へ行けば、見た目は日本人だと思ってもらえるかもしれないけど、日本語は話せない。だから、どこにも属さないような気持ちになったこともあるわ。そういう私が、この作品を演じるのはとっても奇遇なこと。カナダに住む日本人の皆さんにも通じることは多いと思いますので、ぜひ、劇場へ足を運んでください」。
〈インタビュー/西尾 裕美〉
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