トロントの音楽ファンが待ちに待っている恒例の音楽イベント『Canadian Music Week』。毎年、カナダ全土を始め世界中から、もちろん日本からも人気ミュージシャンらが参加する大きなイベントだ。そこに、今年はとりわけ大きな話題を撒き散らしてあるバンドが日本から上陸した。2000年の結成以来、リリースしたアルバムは4枚。いまや入手不可能といわれている、沖縄限定発売ファーストアルバム以外は、連続オリコンチャート初登場1位、武道館や大阪城ホールなど全国47箇所を周るワンマンツアーを行えば、チケットは発売当日にソールド・アウト、総観客動員数は8万8000人という、インディーズ史上に残る記録を樹立し続けている『HY(エイチワイ)』だ。
カナダ・アメリカツアーの第一歩としてこの音楽祭に参加するためにトロントを訪れた彼ら。海外ツアーを行おうと決めた理由を本誌にこう語ってくれた。
「沖縄で最初、5人でライブハウスとかストリートライブをする夢を叶え、沖縄から出て全国でやれるようになりました。でも、もっと刺激が欲しくて、海外でライブがしてみたいって…。今回、ファンのみんなの力とか、スタッフの力を借りて実現したんです」(ボーカル・ギター・ラップ担当・新里)
その手始めとして、03年にリリースされたセカンドアルバム『Street Story』のリード・トラック『AM 11:00』の英詞バージョンを制作した。HYらしい等身大のメッセージが、日本語を解さないリスナーの心にも届くように…。
日本では全国区で大ヒット、海外進出にも意欲的なHYだが、自分たちの足元は決して見失っていない。東京に拠点を移すアーティストが多いなか、ライブツアー前のリハーサルなども出来る限り沖縄で行っているという。『HY』というバンド名も、彼らの出身地である沖縄県、バンドが結成された場所である『東屋慶名(ひがしやけな)』からインスピレーションを受けたものだ。
「沖縄を拠点にしてるのは、好きだからです(笑)。沖縄って、伝統的な三線(さんしん)の音とか、音楽が近所の家から聞こえてきたりするんです。そういうのが自然な形。沖縄出身のアーティストって多いけど、音楽が自然に体にとりこまれてるからじゃないかな? きれいな海と、空と山、人がいたら、気持ち良い音楽ができる。僕達(の音楽)みたいに、いい意味でルーズな曲とかも出来る。世界に出て行くことで刺激を受けて、いろんなものを吸収して、社会的になっていくと思うけど、(HYの音楽には)地元が大きく影響してるんです」(新里)
しばらくお話を伺った後、表紙撮影の為に屋外への移動をお願いした。快く応じてくれたメンバー達だが、インタビュー当日はまだ春の足音も遠い寒空。今年のトロントは暖冬であったとはいえ、道の片隅には雪が解け残るような、故郷とは比べ物にならない寒さに、沖縄出身のメンバー達は震えている。しかし、音楽・ライブの話は止まらない。ドラム担当の名嘉に、「どういう曲がカナダ人には受けると思いますか?」と聞かれて「テンポの良い、分かりやすい曲でしょうか…」と頼りない答えを返した取材陣。名嘉は「会場の後ろの方で腕組して見てるだけって人もいるのかな? 体を動かしてくれない人もいるかも知れないな…」と、やや心配ぎみだ。
HYのライブが行われたのはインタビューの翌日。蓋を開けてみたら会場前には日本人と思われるファンが列を成し、その人気ぶりがHYというバンドを全く知らなかったカナダ人たちを惹きつけることなど、この時は知る由もない。
インタビュー中、彼はこう言った。
「HYっていうバンドがいるんだよ。沖縄から来たよ、っていうのを知らせたい。ここで結果を残すっていうよりも、なかなか来ることが出来ない海外に来られたチャンスを生かして、楽しくやりたい。
(当日は)何が起きるのか分からない。会場にお客さんが一人もいないかもしれない、それすらも分からない。でも、自分達の原点はストリートライブなんです。そこから始まったんですよ。そのときの気持ちになって、初心になって、人の心を掴めるように、一生懸命やります」
彼らにとって、海外への挑戦は気持ちの面での原点復帰。バンドとしての日本での大きな成功から一転、海外という新しい土地でいちから歴史を作り上げようとしているHY、海外で受けた大きな刺激と『6人目のメンバー』と呼ぶファンに支えられ、帰国後にはライブハウスツアーが待っている。
「ファンのみんなの存在は、僕たちにとってのプロテインです。パワーの源。だから、パワーを交換できるライブをしたいと思ってます。音楽の一番大事な要素であると思うので」(名嘉)
“ロックとR&Bとヒップホップを絶妙なバランスで組み合わせたミクスチャー・ロック”と言われる彼らのサウンド。しかし、HYはカテゴライズされないところに存在する。ジャンルにこだわらず、個性を妥協することなく掛け合わせたような音。『そこにあるべきではないもの』と名付けられた曲のように、自然を、ゴミ一つない美しい海やきれいな空気を守るために立ち上がろうという、純粋なメッセージソングや『AM
11:00』に代表される等身大のラブソング。リスナーはその音と詞に共感するするように、彼らの音に惹きこまれていくのだ。
初の海外ツアーで受けた衝撃を持ち帰り、ファンと交換したパワーを温め、ひと回りもふた回りも成長したHYをまた、カナダで見たいと思う。
〈インタビュー/西尾 裕美〉
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