| 現在、統一地方選挙の真っ最中、そして7月には参議院議員通常選挙を控えている日本。その日本で6月より全国17都市で公開されるドキュメンタリー映画『選挙』は、ある選挙戦に密着し翻弄される主人公を描いた話題作だ。今回はトロントで開催された『HotDocs映画祭』で上映され、大好評を得た『選挙―Campaign』の監督、想田和弘氏にお話を伺った。
映画の主人公は『山さん』こと山内和彦さん。想田監督とは、大学時代のクラスメイトだ。
「クラスメイトと言っても、第2外国語が一緒だったんですよ。大学に入った時、僕は18歳だったんですけど、山さんはそれまでに気象大学校とか信州大へ行ってましたから24歳だった。だから初めは『おっさんがいるな』と思ってたんですが、山さんは自分のことを『山さん』って呼ぶ、すごく変わった人だった。
彼、授業に全く出てこなかったんですよ。一切、クラスでは見ない。でも、コンパとか飲み会をすると皆勤賞なんです。必ず来る(笑)。大学の構内に駒場寮っていう、窓は割れ放題でドアには鍵が付かないっていうすごく汚い寮があったんですが、山さんはそこに住んでいたんです。構内にあるからみんなの溜まり場になってて、僕も授業の合間や終わった後に、しょっちゅう遊びに行ってました。そうやって山さんとも友達になったんです」
大学卒業後、想田監督はすぐにニューヨークへ渡っている。そして同じ年の9月から現地の映画学校で学び、卒業制作としてドキュメンタリー映画を撮った。最近では映画学校の卒業制作の半分以上がドキュメンタリーだというが、当時は少数派だったという。その後も、ニューヨークに留まってNHKなどのドキュメンタリー番組を撮影していた想田監督のもとへ、05年秋、日本から連絡が入る。あの山さんが市議会議員へ立候補するというのだ。それも、短期決戦と目される川崎市議補欠候補戦への落下傘候補だ。
「山さんは昔から、政治についてびっくりするほど詳しかった。でも、政治家というよりは評論家タイプだと思います。彼は、なんて言うのかな…すごく横の関係を作る人で、上下関係とはまったく関係のない人だった。(大学時代も)年の差とか、彼にとっては全然関係なくて、みんなから山さん、山さんって慕われてましたね。
だから、そういうキャラクターの山さんが、一番上下関係が厳しそうな自民党から出るって聞いた時はすごく驚きました。山さんは、体育会とか、いわゆる日本的な組織の論理っていうのとかけ離れたところにいた人だったんです。だからこそ、面白いなって思って…。彼が自民党から立候補すると言ったから、(映画を)撮った訳であって、どっちかが欠けていたらやってなかったかも知れません」
山さんが公募公認候補となった当時の小泉自民党は、政令指定都市である川崎市議会での多数派をどうしても守りたい。しかし、政治経験がなく、いわゆる『地盤、看板、カバン』も持たない落下傘候補の山さんへの風当たりは強い。監督いわく、自民党という名前のもとで当選しようとする山さんと、より有権者の感覚に近い公募候補をたてることで市民を味方につけて、市議会での優勢を保ちたい自民党の「せめぎあい」だ。組織に翻弄され、地元の先生方や臨時後援会の代表にお説教される毎日の山さんをカメラは淡々と見つめる。想田監督はこのカメラの視点を『観察』と位置づけている。
「『観察映画』とは、見る側がそれぞれ観察して…という意味なんです。観察にとって一番やっかいなのが先入観なんです。先入観があると観察できない。だからナレーションもありません。
ドキュメンタリーって実は、撮る前に色々リサーチして、ここでこんな人と話してここでこんなシーンを撮る…と決めてから始めるんです。僕は、今までテレビ用のドキュメンタリーをやってきましたが、自分が描いた青写真に振りまわされて、大体、現実に裏切られるんですよ。こういうシーンがあるはずだと思ったのに撮れなかったら、失敗したって思うんです。でも、それは失敗したんじゃなくて、そういうシーンは初めからない。そういう先入観を作るのをやめて、行ってみて、撮影してみて、そこから素直に学ぶっていうのが自然なんじゃないかって思いました。この映画は60時間撮った中で、面白いと思ったモノを2時間にまとめているので客観的かというと、そうではありません。58時間は捨てていますから、そのプロセスはものすごい主観的です。でも、僕はドキュメンタリーは主観的でいいと思ってます」
主観的であるけれども先入観はない、観察するだけのカメラ。想田監督はレンズ越しに何を感じていたのだろうか。
「人間同士のコミュニケーションのあり方とか、組織を貫く論理とかは決して選挙運動だけで見られるものではなく、会社とか学校とか地域社会とか、それから野球のチームとかでも見られる。そんな日本的な組織のあり方というか、人間関係のあり方の典型みたいなものを感じて、その構造というか、各部分を抽出できないかな、と思いました。ある種の日本文化論として展開できればいいかなと思って…」
そう語りながらも「でも、内容の解釈については言わないようにしています。議論の幅を狭めることなく、解釈をオープンにしたいから」と付け加えた想田監督。『観察』には、自由な観点で感じる余地が多く残されている。私たちも、日常に転がる当たり前だと思っていたことを先入観を捨てて観察してみよう。見過ごしてしまっていた何かに気づくことが出来るかも知れない。
〈インタビュー/西尾 裕美〉
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