最近では日本人でさえ、都市部に住む人には観ることが出来なくなりつつある米づくり、あぜ道、棚田。そんな自然と人間が共存する美しさをアートという形で写し取ろうと、カナダ人アーティスト、ヴィヴィアン・リース氏は、新潟へ渡った。
突然、日本語を解さない”外国人“を迎えた、新潟県十日町市の小さな集落、鉢(はち)。最初はお互いが戸惑ったに違いないが、出来上がった18枚の絵には、言葉の壁を越えた心の触れ合いが描き出されている。今回は、昨年行われた越後妻有『大地の芸術祭〜アートトリエンナーレ2006』に里山ストアハウスとして出品され、現在、国際交流基金トロント支部で開催中の展覧会『里山ストーリー』の製作者であるリース氏にお話を伺った。
リース氏が初めて日本を訪問したのは、『大地の芸術祭』の1年前。
「息子の友人がいたので、観光目的で日本へ行ったの。箱根を訪れたんだけど、ホリデーシーズンの週末ということで混み合っていたし、両替できるところもない。右も左もわからない、外国からの訪問者としては大変だった。でも、そんな時にトリエンナーレ(芸術祭)の広告を見つけたの。すぐに事務局に電話して、来年のトリエンナーレに出たいと申し込んだわ」
『大地の芸術祭』は、”自然とアートと人間を繋ぐ三年大祭“。2000年から3年おきに行われており、経済効果だけではなく、世代を超えて里山の魅力を伝えることで地域再生の可能性を模索している。ビビッドな色使いでエネルギッシュに表現されたリース氏の作品はまさに、この芸術祭にぴったりのものだった。彼女の申し込みを受けて、芸術祭事務局はリース氏を日本へ招いた。『大地の芸術祭』の名に相応しく、実際に里山に3ヶ月滞在して、そこに住む人々のポートレートを描きたいという彼女のプロジェクトが受け入れられたのだ。
「(集落には)驚くほどすぐに馴染めました。でも、どちらかというと馴染めるかどうかなんて、考えている暇はなかったわ。水の中に飛び込んでしまえばそのうちに泳ぎ出せるのと一緒で、考えるよりも、その場所に飛び込んでいけば早く馴染むものよ。
村の人はみんなシャイだからね。私は通訳を介して、『私も同じようにシャイなの。だからこうやって知らない土地に来て、絵のモデルをお願いするのは勇気のいること。でも、このプロジェクトを成功させたい』と説明して、私の滞在の理由を判ってもらったの」
しかし、最初のモデル選びはやや難航したという。
「結果として、150人の村人の中から18人の肖像画を描きました。最初のモデルは麦わら帽子を被った女性。ひと目見て、彼女を描かなければ…と思ったの。彼女は輝いていた。
でも、モデルになってくださいって言ったら、『なんで、もっと若い人を選ばないの?』と断られた。村の平均年齢は約70歳。彼女よりも若い人は、村にはほとんどいないんだけどね(笑)。
そんなことがあった後、私の(借りた)スタジオの隣に住んでいた村人のひとりが、『ヴィヴィアンが描きたいのは内面の美しさで、外見じゃないんだ。彼女はこんな遠くまでわざわざ来るという努力をしてくれた。彼女の努力に報いるためにも、僕たちも出来る限りの協力をしてあげなければいけないんじゃないか』って言ってくれた。それで、(麦わら帽子の)彼女もモデルになることを承諾してくれたの」
それ以降、リース氏と村人達の交流は深まっていった。
「毎朝、ドアを開けると玄関前にアスパラガスやストロベリー、花などが置いてあるの。村の人が採れたてのものを私に分けてくれるのね。
ある時は、みんなで山菜摘みに行って料理の仕方を教えてもらったり…。日本を離れる時は、大事な肉親と離れるような気持ちになって私も泣いたし、村の人たちも泣いてくれたわ。それくらい、お互いの距離が近くなっていたのね」
ポートレイトを描くには、かなり深く、そのモデルのことを知る必要があると言うリース氏。
「全くの他人に、人生で起きた出来事の全てを語るのは難しいこと。バスの中で横に座った人に自分の人生を語ることはないでしょ。でも、彼ら(モデル)はそれをしてくれたの。悲しかったことも嬉しかったことも合わせて、多くを語ってくれた…」
リース氏は、『大地の芸術祭』のストアハウスにモデル達を招き、実際の絵をプリントにしたものをプレゼントしたという。その際に廃校に集まったモデル達。
「その中の一人が、構内においてあったピアノを見て、『あれが学校に入ってきた時のことを覚えてる?』って言ったの。ピアノに合わせて、みんなで行進しなきゃいけなくて嫌だったね、って。すると他の人が『覚えてるよ。学校の校歌を覚えてる?』と言って、歌いだした。そして、合唱が始まったの」
リース氏は、廃校がモデル達の思い出の中で甦ったのを感じたという。
「18人のモデルの年齢は17歳から90歳までと幅広かったから、話を聞くうちに、その一人ひとりの人生だけでなく、鉢という村がどう変わっていったのかという歴史も知ることが出来た。
それに、私の気持ちが全く他人だった人々に伝わったり、人々の気持ちが私に伝わるっていう素晴らしい体験を、こんなに短い間に経験したことはなかった。世界には多くのアーティストがいるけれど、どれだけがこんな貴重な体験を出来るのかしら。そう思うと、鉢地区に滞在できた私はとても幸せだったと感じるの」。
〈インタビュー/西尾 裕美〉
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