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「Win the Checkered Flag 〜体で感じる音速F1「カナダGP」〜」
シグナルが青に変わる。激しい振動となって身体にピリピリと伝わるエンジンの爆音。F1に夢をかける人々の思いを乗せて、その快音は一気に空へと駆け上がる。

自動車メーカーのプライド
20台のマシンが整然と並ぶ。シグナルが青に変わる。激しい振動となって身体にピリピリと伝わるエンジンの爆音。F1に夢をかける人々の思いを乗せて、その快音は一気に空へと駆け上がる。

フェラーリ、メルセデスベンツ、ホンダ、ポルシェ、フォード、BMW…。世界的に有名な自動車メーカーは決まってF1で優秀な成績を残している。F1での好成績は世界一流のメーカーであることの証しであり、言い換えれば、F1で名を挙げることで国際的に認められ、世界中に市場を展開できるようになるといえるのだ。 F1はもともとヨーロッパの自動車産業が盛んになった19世紀後半に行われたメーカー対抗のカーレースが原型にある。第2次世界大戦後に国際自動車連盟『FIA(*注)』が設立されたのを機に整理され、フォーミュラ・ワンという呼び名と共に、F1は生み出された。 1950年から始まり50年以上の上の歴史を誇るF1世界選手権。当初、丸太ん棒のようだった車体設計は、時と共に路面に接近し平たくなり、空気抵抗を少なく、また利用する構造に変化し60年代後半には車体を地面に押し付けるためのウイングが登場し、新たなスピード時代へと突入して行った。エンジン部門においても毎年のように技術が進化し、ターボエンジンなどの画期的な発明もなされ、マシンはその速度を上げて行く。70年代になると、スポンサーマネーが大量に流れ込んでくるようになり、F1自体が巨大ビジネスへと変化して行くようになった。
チームの形態
F1に参戦するチームには2つのタイプがある。フェラーリやトヨタのように全てを一社で運営するものと、ウィリアムズ=BMWやBAR=ホンダのように2社が合同で運営しているものである。後者の場合、BMWやホンダは主にエンジン提供といった形で参加する。 ホンダは1980年代中から後半にかけて、その高いエンジン性能でF1界を席巻し、天才ドライバー、アイルトン・セナをして「どうしてもホンダのエンジンを積んだ車に乗りたい」と言わしめた。そしてセナは1988年からマクラーレン=ホンダとドライバー契約を結ぶ。この時のチームはまさに大物ぞろい。過去3回の年間チーム優勝を誇るマクラーレン、前年までチーム・ウィリアムズと組んで連続年間優勝を飾っていたホンダ、2年連続でドライバーズチャンピオンを手中に収めていたアラン・プロスト、そして新進気鋭のアイルトン・セナ。この黄金カルテットは驚異的な速さで他を圧倒し、ドライバーズチャンピオンの1位、2位に年間チームタイトルを合わせた3冠を達成するのだった。
音速の魅力と危険
この年を境に、F1界の中心にセナが立つようになる。他チームに移籍したプロストとの戦いや、ウィリアムズ=ルノーのナイジェル・マンセル、ベネトン=フォードの新鋭ミハエル・シューマッハとの秒以下の凌ぎ合いは、まさに手に汗握る攻防で、観客を魅了していった。彼らが熾烈な戦いを演じる裏側では、チーム同士の激しい技術競争があった。エンジン部門では、92年を最後にホンダがF1から一時撤退をした関係で、93年からはルノーエンジンがトップに躍り出るようになり、ホンダを失ったマクラーレンとセナは苦戦を強いられることとなる。 そして、悪夢は白昼夢のように訪れた。1994年サンマリノGPの7周目。セナのマシンはコーナーで曲がり切れずコンクリートウォールに激突。車体の右半分を大破したその衝撃は、セナを帰らぬ人とした。94年はF1界の祟り年と言え、その後も事故が続出する。事態を重くみたFIAは、ついにシーズン中のレギュレーション(マシン規制)を変更する緊急処置に踏み切り、様々な規制を追加することとなった。
2003年6月15日カナダGP
2000年以降は各チームが盛んにハイテク技術を導入する流れの中、ミハエル・シューマッハを擁するフェラーリが、他の追随を許さない黄金時代を築いていくようになる。 2003年度のF1は大幅なレギュレーションの変更と共に開催した。それらの変更は各チームの開発費を抑えるためでもあり、レース展開がより混戦となるように考え出されたものである。スペインGP(5月4日)終了時点の上位5人のドライバーズポイントは接近したもので、一戦毎に順位が入れ替わる緊迫した展開にある。オーストリア、モナコGPを終えてカナダ・モントリオールに入る時のポイントリーダーが誰かなど予想出来ない。今年巻き返しを図るマクラーレン=メルセデスのキミ・ライコネンか、連勝して波に乗るフェラーリの王者ミハエル・シューマッハか、それとも着実にポイントを稼いでいるルノーのフェルナンデス・アロンソか・・・。 6月15日のモントリオールには、照り付ける太陽とアスファルトからたち昇る陽炎がよく似合う。そして、辺りに響き渡る身体を突き抜ける快音は、例年以上に空高く舞上がるだろう。

資料提供 Honda Canada Inc.  
001 グラフィティ文化の発祥と歴史
002 アフロ・ブラジル文化の誕生
003 自動車メーカーのプライド
004 2003年 夏、ビール派宣言
005 東カナダ2大都市のジャズ・フェスティバル
006 A Day in The Wilds
007 GO!GO!ブルージェイズ
008 大空を描く飛行機家たちのロマン
 
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