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昨年、日本に禁煙ブームが巻き起こったかどうかは、お笑いブームのようには定かでないにしろ、「読むだけで絶対やめられる」と大きな触込みで”禁煙セラピー“という本が大ベストセラーになった。元々、世界で約400万部発行されていたこの本を通して「タバコの奴隷になっている人生から、貴方の自由になる人生に変えるチャンスだ」と訴える作者、英国人のアレン・カー氏は、33年間、1日100本の煙草を吸うヘビースモーカーであったらしく、1箱4ポンド(=800円)で単純計算すると、なんと4800万円もの大金を煙草に注ぎ込んだことになる。日本は、”煙草銭“という言葉に”僅かな金“という意味が含まれているからか、海外と比べてもかなり煙草が安い分、同じペースで吸っても3分の1程度にしかならないが、人生で禁煙をしたのが、18〜19歳の浪人生活1年間のみである私の生涯において100万円以上もの金が煙となって消えて行き、肉体を内側から汚していると考えると、喫煙が実に無駄なことだと思わずにはいられなくなる。 煙草など事実”百害あって一利なし“な絶対悪物である。たとえ人間は生まれてからずっと死に向かって生きているとしても、そのスピードを明らかに喫煙によって速めているし、リラクゼーションの一環の筈が、いざ吸おうと思っても、喫煙場所が見当たらず、逆に大変なストレス状態に陥ってしまったりする。トロントでも一昨年からレストランだけでなくバーまでもが全面禁煙となり、「喫煙者=社会の悪」とでも言うかのような、蚊帳の外感覚を味わわされるようになった。無類の酒好きでヘビースモーカーという訳ではないが、徒でさえ日本と違いバーでの酒類販売は午前2時迄とかなりのもどかしさを覚えるのに、酒と最も相性の良い煙草を同時に味わえないなど、謂わば、おかずを店内で食い、白御飯だけを店外にわざわざ食べに出るようなもので、ナンセンス以外の何物でもない。しかもそれが冬場ともなれば、煙草を吸いにわざわざ外の冷気に酒で温もった身体を晒すことになり、折角の酔いもすっかり覚めてしまうどころか、ほかほかの白御飯はすっかり冷御飯である。 実際珈琲ですら、煙草との相性は抜群で”音楽+女性+珈琲+煙草“を同時に味わえた時、「たとえ今突然この世滅びようとも我が魂成仏す」と誓えたりする程なのに、コーヒーショップも物の見事に禁煙で、唯でさえ冬は吐く息の白さなのか煙草の煙なのかが分からない程、自分の至福のひと時を物凄く曖昧なものにされているような気がしてならないのに、「喫煙者など死んでしまえばいい!」とでも云うかのように、極寒の外気に全身を痛め付けられながら、手元の温かい珈琲が見る見る内に冷たくなって行く中で、煙草を持つ手は悴み、翼をもがれた渡り鳥の如く全く自由が利かなくさせられ、「其処までして吸う必要があるのか?」と自問せざるを得なくさせる。そんな惨めで辛い想いをしながらも、結局止められなかった煙草。苦難を乗り越えたかの如く、逆に今さら簡単に止める訳にはいかないとすら思う。私の自由になる人生よりも”自由に吸える環境“が欲しい。
nob morley 兎に角、忙しいの一言です。新喜劇の世界の厳しさに余裕ゼロっす。ウェブサイトにもチョコチョコ出てるんで、そっちの方も見て下さい。
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