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中田英寿が現役引退を発表した。中田は日本サッカー界を急速にレベルアップさせてくれた功労者。当然誰もが、次回の南アフリカ大会へ向けて、中田が日本代表を引っ張ってくれると信じていた。だから、日本のサッカーファン全員が『辞めないでくれ!』と考えている。それなのに『潔い』とか『引き際が美しい』なんて報道が『残念』という報道と同じくらい目立っていた。はあ? どこが潔い?何が美しい?
『潔い』とは何度挑んでも歯が立たないことが誰の目にも明らかな状況で、悪あがきせずサッと身を引いた時に使用する言葉だと俺は解釈している。中田は衰えてしまったことが明白なのか? 日本代表はこの先、もっと上へ行く可能性がなくなったのか? 中田が現役を続行した場合、それは悪あがきになるのか? そんなことはないだろ。W杯は確かに残念な結果に終わったが、中田は衰えるどころか日本代表の誰よりも、世界レベルのパフォーマンスを披露してくれた。日本代表の今後の課題も見えてきた。その課題を一番理解している中田だからこそ、引退は潔いどころか、代表選手としての義務を放棄してしまったように思う。
人は誰でも自分が思うように生きていく権利がある。スポーツ選手になろうが実業家になろうがそれは個人の自由。マイケルジョーダンが引退した時、ファンは残念と思いつつも引退を受け入れて、ジョーダンの決意を尊重した。それはジョーダンが全ての栄光を手に入れてファンに夢を与えるという義務を十分に果たしたから。だが中田にはまだまだやり残したことが多すぎる。この先の可能性だって様々なことが考えられる。
コアなサッカーファン以外には現役時代をほとんど知られていない評論家がテレビで『自分も将来を考えて早めに引退を決意したことは間違っていなかった』と言っていた。一緒にすんじゃねえ! 中田とは立場が違う! 中田は平凡なスポーツ選手ではない。沢山の人の期待が重くのしかかるトップ選手だ。彼等は時として、本人の意思とは別のところで個人の自由を制限されてしまうことがある。中田はそんな厳しい立場にいるのだ。だからトップなのだ。
中田の引退を教育の題材にしている学校もあるという。これも誤解を招きそうだ。人生において沢山の夢を持ち、多くのことに挑戦することは大切だ。でも何かにトライした時、まだ可能性は残されているというのに周囲の期待に反して違う道に進んでしまうことは、多くの人を悲しませてしまうこともある。夢を次々と叶えて行き、有名になればなるほどそれは大きくなる。子ども達には安易に夢を諦めないよう、そのことを十分に説明する必要がある。
とにもかくにも、中田にはサッカーでやるべきことがまだまだある。中田がサッカー以外で活躍しても俺は全く興味ない。引退を撤回しても誰もカッコ悪いなんて言わない。だから戻ってきてちょうだい!
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