キャシーの日々ハッテン day.129(2016年11月4日記事)

複雑な世界から目を背けない

何でもかんでもわかった風に話す人は信用できない、という言葉を昔からよく耳にしてきた。最近になってやっとその意味がわかった気がする。浅はかな自分は知識を増やせば増やすほど世界を理解できるようになると思っていた。しかし、学ぶことで視点が増えて、疑問を一つ解決すれば新しい疑問が三つ増えた。だから、博識な人ほど白黒ハッキリした話し方をしなくなるのかもしれない。何でもかんでもわかった風に話す人は全知全能だと思い込んでいるか、知らなくてもすべてを理解したフリをしているのだろう。そんな人の方が説得力があったりするから、ドナルド・トランプが大人気になってしまう。

人間は複雑な生き物だ。その人間が暮らす世界はもっと複雑だ。その世界の出来事の裏には数え切れない理由がある。表面だけを見て善悪を決める人もいれば、慎重に分析をして解決策を探す人もいる。複雑に絡み合った問題ばかりだから目を瞑りたくなる日もある。LGBTコミュニティのためのスポーツセンターがトロントにできるニュースはゲイの自分にとって喜ばしいはずだった。しかし、LGBTのホームレス問題やトランスジェンダーの就労問題を考えるとスポーツセンターに限りある資源を投入する必要性を疑問視したくなる。そして、そのスポーツセンターの再開発で公営住宅に住む低所得層の居場所が減ることを考えるととても賛成はできない。考えれば考えるほど答えが濁っていく。この世界が水戸黄門と同じように善悪がハッキリしてて、クライマックスがわかりきっているならどれほど楽なのだろう。だから人間はマンネリな勧善懲悪物語が好きなのかもしれない。

残念ながら、現実は都合よくハッピーエンドを迎えないことが多い。誰もが納得する答えだってなかなかない。目の前にある複雑な状況から目を背けても、複雑な世界はシンプルにならない。明白な答えばかり追いかけたいが故に、自分の視野を狭めてまで自信満々に表面的なことを言う人の言葉に耳を傾ける人が増えてしまう。そうやって自分から考えることを放置したゾンビだらけの世界は恐ろしい。忙しい毎日でもたまには立ち止まって、目の前に広がる散らかった世界をゆっくり眺めたい。



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