キャシーの日々ハッテン day.70(2014年5月2日記事)

性教育は生涯教育よ

青少年に性教育をする仕事をしていると、必要なのはむしろオトナなのではないかと思うことがある。いつかトロント郊外で中高生を教える方と世間話をしていて、「性教育はどうしてるの?」と聞いたところ、「彼らにはまだ早い」という答えが返ってきた。あたしが高校生の頃にはクラスメイトの半数以上が初体験を済ませていたが、トロントの中高生は高校卒業するまでバージンを守るということなのか。

思い出してみれば、セックスの意味は借りたエロ本で初めて知ったし、性感染症の知識は友達から聞いた噂で学んだ。今の仕事をするようになって、自分なりに培ったセックスの知識は間違いだらけだったと気付いた。まともな性教育なしに育った日本人は珍しくなく、特に留学やワーホリでトロントに来ている人たちは言語の壁と性の知識の無さに揉まれながらどうやって自分の身を守っているのかと心配になる。何かあってから「誰も教えてくれなかった」と嘆いたってもう遅い。だからこそ「性教育はまだ早い」と言い続けて、結局曖昧なままにする教育者は無責任だ。教える側がセックスという話題でビクビクしては、性教育なんてできるわけがない。そうやって、セックスについてちゃんと教えてもらえなかった子どもたちがオトナになっていく。

一言に性教育と言っても、バナナにコンドームを被せることだけが性教育ではない。時間をかけて教えようと思えば、いくらでも掘り下げられるほど性は奥深い。5年以上も性教育を教えていても、毎日のように新しい知識に出会う。きっとセックスは、一生をかけて学んで行くものなんだろう。数時間のクラスにまとめるなんてもってのほか。


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