キャシーの日々ハッテン day.93(2015年4月17日記事)

ドラマが色褪せるのはいいことだ

中学生の頃、レンタルビデオ店に並んでいた『フレンズ』が面白そうだったので、さっそく借りて母と腹を抱えながら見た。第一話からレズビアンが登場して、当時とてもビックリしたのを覚えている。それまでアメリカのドラマを見る機会があまりなかったせいか、同性カップルの子育てという前進的な内容にカルチャーショックを感じた。それから、大学生の頃まで毎年『フレンズ』のDVDがリリースされるのを母と楽しみにしていたが、気がつけば忙しさに追われてそんなこともすっかり忘れていた。

今年の正月、映像ストリーミングサービスで『フレンズ』が全話解禁になったのを発見して、懐かしさのあまりもう一度最初から見てみることにした。20年経っても色褪せないジョークがたくさんあったが、笑えないところも多かった。思い出の中ではここでたしかに笑ったのに、どうして今は笑えないんだろう?

答えは明白だった。『フレンズ』は失礼なジョークに溢れていた。人種差別的な描写は多いし、女性をバカにしたジョークは後を絶たないし、他人の体型を笑いのネタにするのにも不快感を覚えた。もちろん、そう感じるのは自分が変わったからというだけではない。今の多くのアメリカのドラマはそうした軽率なジョークから遠ざかり、より社会問題を風刺するアプローチを取るようになった。例外がないわけではないが、笑えないジョークに出会う確率はずっと少ない。

そもそも、ニューヨークに暮らす若者をテーマにしたドラマなのに、『フレンズ』のように主人公が全員白人でストレートというのは今では逆に希少だ。思い出の中に美しく残っているものは、そのままにしておいた方がいいこともある。一方で、『フレンズ』を通して社会の変化を感じ取れて、少し嬉しくなった。20年後に今見ているドラマがどれほど色褪せているか、とても楽しみだ。


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