カナダのビザ&移民事情

Vol.19
カナダが直面する 難民政策のジレンマ

(2015年10月2日記事)

 

今月は連邦総選挙の争点の一つともなっているカナダの難民政策について取り上げます。


トルコの海岸に打ち上げられた3歳の少年の遺体写真が世界中に流れ、ドイツを目指して欧州に押し寄せるシリア難民のニュースが連日報じられる中、シリア難民の問題がカナダ居住者にとって大きな関心事になりつつある。これに連邦下院総選挙のタイミングが重なり、これまでシリア難民受け入れに消極的な姿勢をとっていたハーパー政権に対し、ここぞとばかりに野党が激しい批判を浴びせている。

カナダは第二次世界大戦中に、ナチスの恐怖から逃れるために渡航した約900人のユダヤ人難民受け入れを拒否し、欧州に送り返したという不名誉な歴史がある。しかし、それ以降は難民受け入れに極めて寛大な措置をとってきた。旧ソ連の侵攻に起因するハンガリー動乱(1956年)では約37,000人、チェコのプラハの春(1968年)では約11,000人、更に、ベトナム戦争ではボート・ピープルとなった約60,000人を受け入れ、最近では1999年のコソボ紛争で2か月の間に約5,000人の難民を受け入れるなど、カナダは難民救済に力を注ぐ国として世界的にも認知されている。

しかしながら、カナダの難民政策はハーパー政権が単独政権となった2011年以降大きく転換した。偽の難民申請排除の名の下に、Designated countries of origin のリストが作られ、安全と考えられる国出身の難民申請者からは申請却下後の不服申し立ての権利が奪われた。さらに、難民申請者に対するヘルスケアサービスの適用も制限された(最近いずれも違憲であるとの裁判所の判決が出ている)。シリア難民受け入れについては、スピードもその規模(年間2500人)も不十分であるとUNHCR(難民の保護と支援を行なう国連機関)から指摘を受けていた。

今回の少年の事件がきっかけとなり、市民や野党の批難を受けて政府は2016年9月までに10,000人を受け入れるためプロセスのスピードアップを図ると発表した(9月19日付)。しかし、一方ではカナダ経済を支えていた石油価格は下がり、カナダのGDPは2四半期続けて減少した。とりわけ政府がスポンサーとなって大量の難民を受け入れた場合に、これを経済的に支えていくためのコストはカナダ国民一人一人が負担しなければならない。このことを考えると、単に受け入れ数を競うキャンペーンに惑わされてはいけないと思う。

 


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