いのちを繋いで…… (2018年3月9日記事)



その23:いのちを繋いで……

昨年の7月、生涯医師を貫いた日野原重明氏(聖路加国際病院名誉院長)が105歳で永眠されました。終末期医療(緩和ケア)、医師と看護師教育、新老人力の創生、生活習慣病の新しい概念の発展のために、先生は常に先頭を走り続けられました。専門職のみならず一般市民にも「今を生きることの大切さ」を伝えてくださいました。特に、小中学生を対象にしたボランティア活動「いのちの授業」を通して、いのちや平和の大切さを強く語り続けられました。
私が先生に初めてお逢いしたのは30代前半。それ以降、大学人としての仕事を通してお逢いする機会に恵まれました。カナダに移住した2002年、先生はマクマスター大学名誉教授となられ、ハミルトンでの授与式に私と夫を招待してくださったのです。本当に光栄なことでした。
数年後、先生が日本各地の副学長や医学部長と共に北米視察にお越しになった際、歌手として歓迎会で歌ったことは生涯忘れられない思い出です。大学人としてのみでなく、歌手&古典日本舞踊家として活動する私の生き方をとても喜んでくださいました。音楽家として生きる道を模索されたこともあった先生だからでしょうか。
最初の出逢いから35年、先生の著書やお話しを通して、「今を生きることの大切さ」「自分の命をどう生き切るか」「自分が生きていることが人の役に立っているか」という命題について深く考え始め、次第にそのような生き方をしたいと思うようになりました。老年看護学を専門とする私にとって、日野原先生の生き方は正に将来の自分の姿を問うものであったのです。
本誌より健康コラム執筆のお話をいただいた際、迷わずにそれまでに長く温めていた言葉「いのちを生きる心と身体」にタイトルを定めました。日野原先生の足元にも及びませんが、今をどう生きるか、いのちをどう使い切るかなどについて、読者の皆様と語り合いたいと思ったからです。
先生を介護されていたまきさん(次男の妻)は「義父は、病む自分からちょっと離れて、それを客観的に眺め、楽しんでいるようでした」と語っています。未知なるものを探求する心を最後まで失われませんでした。
生物体としてのいのちは有限。でも、その精神は死んでなお他者の心に生き続けます。小さな力ですが、私なりに先生のいのち(意思)を受け継いでいきましょう。


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