Session 1: 赤ちゃんが泣きながら生まれてくるように

今、このコラムを読み始めてくださった、あなた。はじめまして、チャコです。早速ですが、質問です。あなたの心は今、笑っていますか、泣いていますか、怒っていますか、それとも喜んでいますか。
私がカナダのトロントにやってきたのは、日本が高度経済成長へと邁進していた1971年のこと。そのときの私は、泣いていました。当時、私は自分を追い詰めるような生き方を選んで日本を後にしたのです。傍目にはそうは見えなかったでしょうね。なにしろ私は新婚ほやほやだったのですから。
あれから40年、私はここトロントで25年以上続けてきたビジネスを昨年夏に引退し、今は「林住期」つまり第三の人生に突入したところです。思えばあの夏、新婚の私が泣きながらスタートしたカナダ生活は泣きっ面に蜂の連続でした。
たとえば、仕事。キャリアなし、コネなし、経験なしに加え、英語力もゼロだった私にはさしたる目標さえありませんでした。たまたまコーヒーショップの店員募集の張り紙を見て応募すると、即採用。
なんて運がいいの!と、生まれて初めて就いた仕事に嬉々として出かけたものの、初日の午後3時にはクビになっていました。
コーヒーのテイクアウトの決まり文句「Coffee to go」も分からなかったのですから無理もありません。そのコーヒーショップは夫婦でやっていて、おじさんは優しかったのですが、おばさんときたら私の一挙手一投足を厳しい目でチェックし、もたついていると鬼の形相でにらみつけてきます。
とうとうおばさんは私の手に25セント硬貨を握らせて、「Go home!(もう帰れ!)」と言いました。朝から働いているのですから、もっともらえるはずだと思い、「これじゃ少ないと思います」とつたない英語で抗議すると、無言でレジを開けたおばさんはやおらコイン数枚をつかみ、怒りと共に思いっきりカウンターにバッシーン!と叩きつけました。
カラカラと乾いた音をたてて床に零れ落ちていくコインを眺めながら、英語の壁の大きさを思い知りました。それでも私にとっては大切な初任給。私は床にはいつくばって一枚一枚コインを拾っていきました。本当に情けなくて、悔しくて、止まらない涙をそのままに、しゃくりあげながら家に帰りました。
そのときの私には、十数年後、自分が社員百名を超える会社の副社長になるなどとは夢にも思っていませんでした。
ただ、今考えると、深く落ち込むたびに、それが次により高くジャンプする原動力になっていったのは確かです。人は一人では成長することができません。私はたくさんの人と出会う中、こういう惨めでかっこ悪い経験をいくつも重ねながら、人生を変えていきました。 赤ちゃんが泣きながら生まれてくるように、生きながら自分を生まれ変わらせるときにも涙がつきもののようです。
泣きましょう、笑いましょう、怒りましょう、喜びましょう。それが心のエステです。さあ、私と一緒に心のエステをはじめましょう!

 

 

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