サンドウィッチのなかみ (2012年7月6日記事)

Vol.32 唇に歌を

今朝、母のケアマネージャーさんが7月の予定表をもってきた。母の介護度は要介護1。認知症にはなっていないが、急降下で老化している。曜日を聞けば、「え~と、昨日の次の日」と回答する。兄を自分の可愛がっていた甥と間違える日もある。そういう日は、彼は母に証拠の身分証明書を見せる。そこで気づく母。現在母の介護保険支給限度額は毎月1万6580単位(一単位10円)その一割相当の1万7000円が自己負担。デイサービスに週に3回出かけ、ヘルパーさんにも週に3回、短時間だが来てもらっている。限度額ギリギリのプランは元気な限り利用できるものは利用して脳を活性化してもらおうという私の貪欲な気持ちでもある。「足が痛い。風邪引いた」と、とかく行かずに済みそうな理由を並べるが「足が痛いのは毎日よね。風邪じゃなくて老人性の咳だから大丈夫」と面倒くさがる子どもを登校させるように支度をさせ、お迎えのヴァンで車椅子ごと御出勤の母に手をふる私。「今日はどうだった?」「何もやらなかった」と帰れば投げやりの報告をする。だが、今日は違う。ケアマネさんが訪問に来た途端、デイサービスでの楽しい交流経験に花が咲いた。
デイサービスのいいところは対人関係を築き上げてくれることだ。いつも一緒にランチを食べる友達ができたり、洋服や帽子を褒めてもらったりしてご機嫌になる。「同じの買ってきて」という人まで出てくる。「お習字はいつも丸をくれるのよ、下手なのに」と本気でもないのにいつも卑下する母。「いいのよ、お母さん。本当にうまかったら三重丸なんだから」と、意地悪な私。すると「昔は学校のお習字で張り出しになったこともあるのよ」と自慢になり、目を輝かせる。先日『四葉のクローバー』を歌い出したら隣の人も「私もそれ知ってる」といって一緒に二人で歌いだしたそうだ。「伴奏は誰がしたの?」「なし」。ケアマネさんが「アカペラですか。凄いですね」と調子を合わせる。7月からはデイサービスの一回は土曜日を水曜日に切り替えてもらった。水曜はピアノが弾けるスタッフがいる日だから。それも若い男性が。
母の女学校時代はヨーロッパの歌曲を習得させられていた。彼女はクラシックが好き。今は全く音階がとれなくなってしまったが、若いときは人前で歌う心臓も持っていたようだ。だからデイサービスで歌う演歌や小学唱歌とは少々ずれがある。とは言いながら、自分の姉が好きだったという、演歌歌手〈ちあきなおみさん〉のCD全集を広告でみて購入した母。どれが聞きたいかというと「分からない。でも死んだヨッチャンが歌っていた、ほら、皆で手を叩く歌、なんていったっけ?」「喝采?」「それ、それ」。《~あれは3年前~》望郷をそそる美声が流れる。「他のは何も知らない」とポツリ母が言う。なんと無駄な買い物をしたものかと思ったが、母にとってはその歌を聴くことによって姉さんを身近に感じているに違いない。何年か前、親戚の法事のあとでカラオケに行き、姉さんが歌い、母は観客となって喝采したのが楽しかったという話を幾度か聞かされた。
母が昼寝から目覚めた後、私はほったらかしにしてあった『懐かしい日本の歌全集』のDVDを取り出し、10巻一気に再生した。これは戦前戦後、日本で愛され続けた歌の特集で外国の歌もかなり入ってる。『峠の我が家』『アニーローリー』『埴生の宿』等々もその例。夕方、兄と雑談をしていると、横で美しい景色とともに流れる画面の歌詞にじっと見入りながらつぶやくように歌っている母の姿が見えた。第7巻の『知床旅情』で夕食時間。「ご飯よ~」。雨上がりの東京はひんやりしている。温かい”冷やし中華″もおかずのヒレカツ3切れと一緒に美味しそうに全部食べてくれた母。もうすぐ90歳。


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