サンドウィッチのなかみ (2012年9月7日記事)

Vol.34 大儀であったのう 

きっかけは母の姪が《祭り》を知らせてきたことにある。珍しく「行きたい」と母。目前に90歳の誕生日を控え、もし田舎に行くならこれが最後になるかもしれない、と私は実現を祈る気持ちでその日を待った。母には旅行を幾度かキャンセルした経歴がある。またそうなるかもしれない。ましてこの夏の熱中症患者は全国で2万7000人を超える。その一番の被害者が高齢者。そんなこととは裏腹に、可愛がっていた「順ちゃん(甥)に会える」と母の胸は期待に大きく膨らんだ。
そして母、娘、孫の親子三代の2泊3日の旅が確定する。だが前日になって肝心の母の姪が熱中症で倒れてしまった。点滴が遅ければ危うく命を落とすところだった。ヒヤヒヤ。いつか元気で会えることを期待しよう。私達はタクシーで巡るつもりだったが、幸い元気な順ちゃんの出迎えとスタミナ満点の〈うな重〉ランチの御馳走で母は幸せ一杯。母が挙式をした秩父神社で記念写真を撮り、父親の作った橋を渡り、私が会ったことのない祖父母、峰岸家のお墓参りをしてきた。そして母が大好きだった姉さんが眠る小池家のお墓参りも出来た。祖父が作った彼女の家は今、重要文化財に指定されている。秩父市の材木商の末っ子に生まれた母は父親に甘えて育ち、また母親のような姉を慕っていた。73歳になる息子の順ちゃんは峰岸家系の推移をみてきた。「叔母さん、ここにXXXがあったの覚えてる?」と母に話しかけながら一生懸命案内してくれる。シート越しに聞こえてくる話も楽しい。
長瀞にある旅館のバルコニーに緑の山々と濃紺の荒川の絶景が広がる。朝、順ちゃんが迎えにくるまで時間があるので、足を川につけさせてやりたいという、今考えてみればバカなことを考えた私。コンクリートの坂道を娘が車椅子の母を押した。が、その先水辺までは砂利だ。母を両脇で抱えながら川まで連れて行ったが、結局母は入らなかった。私と娘の2人が交代で膝まで水につかった。水を浴びたいのを我慢して2人して母を担いで車椅子でまた坂を上る。滝のような汗に服はビッショリ。昼食後、汗だくの娘を川につかりに行かせる(今は水泳禁止だが、岩陰で若者たちが〝浸かって″いるのを目撃したからだ)。その間、涼しい店で母と私はショッピング。そして路地で昔懐かしい氷メロンをシェアする。何十年ぶりかのかき氷。母もノースリーブ姿になっていた。頸には冷凍剤を巻きつけて。
長瀞から宝登山が良く見える。母にとって女学校のときの思い出深い山。よし、登ろう。ロープウェーの従業員に担がれてゴンドラに乗る。孫が買ったアイスクリームを片手に。目は山頂のほうを向いたまま。到着まで、娘のティッシュに解け落ちるのがはやいか、食べ終えるのがはやいか、レースが始まる。山頂の木々を仰ぎ、静かに涙する母。下山後、出張で仙台に直行する娘と長瀞駅で別れた。母と私は秩父線と西武線直結の空いた急行に乗り込む。秩父の山々が見えなくなるまで一駅一駅ドアが開くごとに大きなフレームに入る景色をじっと見入る母。唇から出る独り言は電車の音にかき消され、私の耳にも届かない。
数日後、台所で雑談をしているときだった。旅行写真を手に母が聞く。「この人誰? ノブちゃん?」「お兄さんじゃないわよ。順ちゃんでしょ」「よく似てるねぇ」「…」右目の視力ゼロ で仕方が無いとはいえ、兄は旅行に行っていない。「お母さん、暑いのによく頑張ったね。疲れたでしょ?」と労えば、さらりと母が答えた。「あんなの旅行じゃない」「ええ〜っ!」育った土地だから〈旅行〉という感覚とは異質のものなのかもしれない。でもなんとなく気が抜けてしまった私。母は兄の横で美味しそうにお茶をすすっている。母の返事に驚いた兄も次 の瞬間、笑顔にかわり私を見た。目と目が会う。《大儀であったのう》ホッ


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