サンドウィッチのなかみ (2012年11月2日記事)

Vol.36 トロント国際映画祭 TIFF 2012

9月に開催されたトロント国際映画祭で日系映画を3本観た。手ごたえがあった。人生を摸索する若者を扱ったタナダユキ監督の『ふがいない僕は空を見た』。第24回山本周五郎賞を受賞した窪美澄の同名小説の映画化である。2本目は日米戦争終結での天皇制をアメリカ占領軍がどう扱ったかをドラマ化した『Emperor』。監督はPeter Webberで製作は奈良橋陽子他。そして園子温脚本・監督の『希望の国』だ。

『ふがいない…』は、高校生・卓巳と人妻・あんずのコスプレセックスシーンから始まる。十代のそれはぎこちなくセクシーとは程遠い。女は男に金を渡す。ありうる空虚な世界に悪寒を覚える。実はあんずは不妊症。義母にいじめられ、現実逃避中。アニメ衣装を着ることで自分でない自分になるスリル。2人の密会は衣装抜きのセックスに昇格するがカメラは女の憂鬱な顔しか写さない。遊びが愛に移行するにはまだ未熟すぎる。卓巳はコスプレ情事を暴かれ学校中の笑いものになり、登校拒否に。コンビニで働く絶望的な経済・家庭環境の同級生との粗野な接点がいい。這い上がるためには誰にでも必要不可欠の〈どん底〉がある。環境が全く違う3人の〈どん底〉。私は原作を読んでいないが、あんずが子どもを諦めて離婚し、一人電車に乗るシーンが好きだ。タナダ監督に聞いたらあの場面は原作には無く、独自の判断で入れたそうだ。あんずを乗せた電車をずっと〈ぼかし〉た映像もいい。分からないままに、しかし歩み出した彼女をのせて。

日本の教科書にBonner Fellers〈ボナー・フェラーズ〉の名前はなかった。それを教えてくれたのが『Emperor』。 1945年太平洋戦争敗戦後、日本の天皇制維持は連合国最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥によって決断された。だがその背後には日本に精通するFellers副官の進言があったと映画は描く。ソ連や米国の望みどおり天皇を戦争犯罪人とすれば国民の暴動が起き、民主主義を実現させるのは困難極まる、と言うのが主な思想だ。興味あってFellersのことを調べてみた。「キリスト教と違い、日本には語りかける神がいない」という面白い発言がでてきた。確かに700万の軍人を完全に降伏させるのには精神的なよりどころである天皇を利用する必要があった。ところで彼の女性関係。GHQ〈総司令部〉に赴任した時はすでに既婚者であったが、物語のように、昔の日本人の女友達を探したのかも知れない。主役のMatthew Foxもカッコいい。事実か否かは別として敗者と勝者間の愛の描写は美しく悲しい。ロケーションは皇居以外はニュージーランド。史実としてFellers氏の名前は覚えておきたい。

『希望の国』は、11年3・11の大震災がもたらした福島原発事故と同じことが数年後に別の土地で再発、のどかに酪農を営んでいた家族を崩壊させるというのがドラマの筋書き。破壊や復旧の報道ではなく、家族という目線から被災者の取材をもとに脚本が書かれ、体験者の声が反映されている。原発から半径20キロの警戒区域が庭の向こうだったら? 向かいの家が強制避難させられ、柵の外側の自分の家が安全といわれたら人はどう反応するだろう。父親は数年前の放射能探知機を息子に渡し、家を出るように説得する。泣く泣く実家を去る息子夫婦がたどり着くところも安全ではなかった。妊娠した妻は放射能恐怖症でノイローゼに。里で認知症の妻を抱える父親は警戒区域が広げられる中、ある決断をする。実話ともいえる悲壮感。最近、福島原発事故の原因が調査中にもかかわらず大飯原発がストレステストやらに合格して再稼動した。地域の経済が先か、人の安全が先か。日本に希望はあるのか? 絶対に忘れてはいけない3・11。教育映画としてもこの作品の価値は非常に高いはず。10月20日から日本全国上映されている。


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