サンドウィッチのなかみ (2012年12月7日記事)

Vol.37 結婚とか孫とか

先輩格の高齢者の方々の間でお孫さんの話がよくでていた。まだまだ私には先の話と考えていたが、そろそろ団塊の世代の間で孫の話が出てもよさそうなものだ。それが意外と少ない。日本ではいま20代後半から30代の独身者が増加している。

10年前の国立社会保障・人口問題研究所の報告書でもすでに兆候がでていた。男女とも〈適当な相手にめぐり会わない〉が原因で結婚できないとしている。つまり、彼らにとって結婚適齢期はその相手にめぐりあわない限りやってこない、ということだ。無理に結婚はしない。30代にもなると女性も男性もある程度のライフスタイルを持ち、それに当てはまる相手が運よく目前に現れるのを待つのらしい。ちなみに2005年の国勢調査では30歳~34歳の未婚者は男性47%、女性32%。10年のそれは各々47・3%と34・5%だから上昇過程にある。もうすぐ30代前半の男性2人に1人が未婚ということになる。

我が愛娘も30代に入った。大学生の頃から今日まで長期に付き合った彼氏は何人もいたがゴールまでには行かない。日本にいればなおさら狭き門となる。カナダから日本に何回か会いに来た男性もいたが、娘は日本の仕事を優先し、さよならした。日本人の彼氏も出来たが結局価値観の違いとかでゴールを避けた。本気なのかふざけているのか、「お見合いしようかな」といった彼女。それを受けて私は2、3の見合い斡旋センターにメールしてみたら大変。パンフがどっさり流れ込み始めた。加えて、各社から続々とくるイーメールのフォローアップに慌てる私。「石原牧子様にお似合いのお相手が3人いらっしゃいます。今すぐ御連絡を」というお題でやってくる。娘に内緒でやったことなので、彼女の本心を探った。「その気あるの?」「ああいうところは日本人対象だから興味なし」だとそっぽを向かれた。

最近の若い日本人の独身男性は〈ちゃんと稼げる女性〉を求めるらしいが、家や姓、家事に関してまだ伝統に拘っているようだ。仕事の出来る若い女性は〈ちゃんと家事の出来る男性〉を求めていることも男性は決して忘れてはいけないと思う。国が違うと文化も違いさらにややこしくなる。育児一つにしても日本とカナダでは文化の相違が浮上する。それに宗教が絡めばよりお互いの深い理解が前提となる。娘の幸せを願う反面、前途多難だなあ、と人事ながらチト気がめいる私。一番簡単なのは子どもを産むという行為だろう。ある時、「結婚しなくても子どもはできるからその時はその時」といったら娘に怒られた。結婚の相手がどうのこうのといっているより、実際に孫の顔でも見れば諦めるより他ないではないか。その方が簡単な気がする。同級生で、「孫の顔を見たいと思うほど俺は年をとってはいないよ」と吹聴していた輩がいる。その彼の息子が結婚したいと言い出した。よく聞けば「1人じゃない、2人なんだ」といったそうだ。つまり子どもがすでに生まれていたわけだ。即、内々で式を挙げさせたという。意志に反して一挙に爺さんになってしまった。実業家の彼にしてみれば長男の結婚式は本来大々的にやるつもりであったに違いない。式は即決まったし、孫も出来たし、私にいわせればまことにめでたい羨ましい話だ。《出来ちゃった婚》ではなく、今は《授かった婚》というらしい。それほど日本は少子化で老人大国まっしぐらなのだ。

自分で2年と決めて飛び込んだ日本。何時になったら娘はカナダに戻るのか今のところ親の私達には分からない。夏の終わりに一か月の休みをとって一時帰国した彼女だが、トロント、オタワ、モントリオールと忙しく飛び回り、ろくろく家にもいない。でもそれでいいのかもしれない。会えるだけの人に会って自分の人生を確かめればいい(そうだ、あのコウノトリの縫いぐるみ、捨てちゃったっけ?)。


「サンドウィッチのなかみ」一覧へ

<コラム一覧へ