サンドウィッチのなかみ (2012年12月7日記事)

Vol.38 90過ぎたら親のオヤ

成田空港から京成スカイライナーで日暮里へ出た。乗換え口までの駅構内にはキラキラと輝くお菓子屋や弁当屋が立ち並ぶ。こういう誘惑に私は弱い。実家に電 話をいれた。母の話では兄は夕方の買出しに行ったという(まあ、いいや、お弁当があっても多すぎることはない)。私がいない間、リタイヤした兄は毎日実家に行って母の介護をしている。

家に着くと兄が味噌汁を作っていた。ナスを細かく切ってなべで湯がく。それをダシの効いた長ネギ入りの別のなべにいれる。「お兄さん、やることが丁寧ね」「おふくろ、ナスが嫌いだから、こうやって食べさせる」(ややっ、母はナスが好きなはずなのに)レンジの上にはカレーの入った鍋があった。「あら、これどうしたの?」「葉子(兄嫁)が昨日作ったんだけど、お袋食べない。君、食べていいよ」(これはまた。母はカレーが大好きなはず)その晩は弁当と兄の味噌汁で3人で食事した。

兄からのメールには母がデイサービスにも行かなくなり、テレビを見るか、食事以外は寝ていると書いてあった。母の90歳の誕生日を祝ってから私はトロントに戻ってきたが、後を引き継いだ兄の手厚い介護に母はわがまま一杯に振舞っていたようだ。母が少し咳き込むと兄は心配してデイサービスを休ませたが、それ以来母も面倒くささを味占めて、休むようになったのではないかと思う。母の咳は老人性の咳で、不思議とチューインガムを噛ませると止まる。あごを動かすことによって咽喉にいい作用があるのかもしれない。母はガムに薬が塗ってあると思いこんでいるが。
食欲は今も一人前、私達と同じ分量を総入歯でしっかり食べる。だから顔もツヤツヤしている。兄のほうが疲れきった顔をしていた。
翌日はいつものように家の整理に追われた。「今晩食べるものあるの?」と母の声。疲れて夕食を作る気力もない私。「もうすぐ終わるから、バナナでもかじってちょっと待ってて」と言い放つ。みれば目の前にカレーの鍋があるではないか。今晩はこれに決まり〜ッ。
2人分のカレーライスを皿に盛る。そして、私も母もそれを黙々と食べる。時間は7時を回っていた。到着2日後の12月16日は都知事・衆議院選挙日だった。民主をはじめ12党という幅広い選択肢に加え〈幸福実現党〉と名乗る候補者のチラシも入っていた。母は投票通知を大事にしまってはいたが、当日の朝「行きたくない。腰が痛い」とブツクサ。幸いその日は気温が20度まで上が り、陽はさんさんと照っていた。ぽかぽかの陽だまりに母と座り、やおら新聞をひろげる。頭の血行も程よく出来上がったところで私が各党の公約を読み上げる。原発対策なら母にも少しは分る。都知事選も石原都知事が13年間の間に東京をどうしたのかおぼろげな話をすれば、母も半分居眠りしながら耳を傾ける。9人の都知事 候補者の略歴が面白い。「平仮名でいいのよ」というのに、母は投票所で正しく書けるようにと紙切れに揺れる文字で新聞を見ながら漢字名を書き、ポケットに突っ込んだ。かつて隣の区の立候補者の名前を書いて大恥をかいた過去が母にある。

初めて介護を経験した兄は体調を崩してしまった。私の娘は仕事で忙しく、週に一度祖母に会いに来るが兄はそれだけでも救いを感じていたという。私と違い兄は教科書どおりのいい息子。私はここ数年でこわいオバさんに成長した。90歳の母を子どもとして世話をすればストレスも少ない。親と思うから無理がでる。母の腰痛も膝の痛みも温かくして車椅子にのっていれば大丈夫。帽子、手袋、マフラーを着用させ「おはようございます」の挨拶でデイサービスの送迎車に母をのせる。
また週に2回の母の登校生活が始まる。そういえばここ2、3日「痛い」と言う言葉を聞いていない。


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