サンドウィッチのなかみ (2013年3月1日記事)

Vol.41 ある男

団塊人間5人を5年間撮影する「5人の5年」プロジェクトが無事終わった。1本の映画にするつもりが結局、お一人様1本ずつの計5本の映画になり、この3月に東京で関係者らが集まって上映会をした。5年も経つと男も女もシワの数も俄然増え、貫禄? という自然の仕業をまざまざと見せ付けられる。だが、それより私が記録したかったのは 5年間という限られた時間を老年期に差し掛かった5人がそれぞれ、何を考えどう歩んだか、である。

20代の5年は長く、団塊族のそれは短いから。そこに、26歳で父親から材木店を受け継いでビジネスを拡張していった男がいる。5年以内に息子に家業を引き継がすべく、日夜奔走する。建築業界や建築法の変遷で材木だけを売っていれば生計がなりたった時代は終わった。アルミサッシから塗装まで付加価値を付けた商売へと首尾よく切り替え、結果、会社は順調にいった。「あとは息子の好きなようにやらせるさ」。しかし、なかなかリタイアできないでいる。

「木」とともに歩んできた人生が与えた彼の夢はリタイアしてお寺の案内人になること。そして撮影5年目には現役のまま、唐招提寺と薬師寺に赴き、待望の「案内人」を実演してのけた。聴衆は友人と家族5人。寺の再建に使われている木や産地の解説を彼は史実を含めて楽しく解説した。私はその彼の夢にたどり着くまでの5年間のおおよその記録を日本に行くつど撮影してきたわけだ。
12月の寒い朝、仕事を抜けて2日間「案内人」としての旅に出ること事態、信じがたかった。本当を言うと、「案内人」は口先だけの夢だと半信半疑だった
からだ。その彼の情熱に(おぬし、本気か)という興奮が私の中に生まれた。しかしこの5年間の撮影中どうしても気になったことがある。それは暇さえあれば彼が手にするタバコ。
私のレンズがどうしてもそのタバコをも追ってしまう。それが彼の人生の"気になる"一部だから。「美味しそうに吸うね」。私がいう。「これは俺の精神安定剤」。何度私はこれを聞いただろう。夫婦で立派に子ども4人を成人させ、それでもタバコを吸いながらストレスと戦っている。何故、精神安定剤が必要なのだろうか。表面では 息子の好きなように。というが、その裏にはこれまでに親父と自分が築き上げてきたものへの執着があるのかも知れない。成長したビジネスは自分の誇りでもあるはずだから。タバコの箱は百箱はいつも切らさないようにしているという彼。酒は飲めない。5年間の撮影が終わりかけた新しい年の春、彼が言った。「もうタバコはやめた。一本も吸っていない」。耳を疑うような嬉しいニュースだった。理由は「肺気腫」。タバコをやめて、少し体重が増えたという。粋な彼はネクタイではなくいつもスカーフ をシャツの首にいれている。彼がジーンズをはいている姿など到底想像できない。美食家で美味しい店、旨いもの店など事細かな情報をもっている。私の実家の近所に昔からあるひなびた、つぶれそうな小さな魚屋があるが、そこまで彼は旨い魚を仕入れるために足を運ぶと聞いて彼の拘りの強さに驚く。

2年目が明けたある日、電話が鳴った。「胃を全部とった」「!」「胃が無くても腸があるから食べられるンだってさ」と自分を慰めるように彼がいう。胃癌で食べる楽しみを失うのは厳しい。声は沈んでいた。日曜日の上映会には家族で自分の5年間の記録映画を観に来てくれた。休憩時間の差し入れにと、やせ細った彼が美味しいお菓子をどっさり持ってきてくれた。どれも彼しか知らないお店のものばかり。クラスのいじめっ子だったこの男、私を泣かせることに成功はしなかったが、そのかわり今、彼の心ずくしの香ばしいお菓子を私は彼に代わって感謝して食べた。早く元気になれよ。


「サンドウィッチのなかみ」一覧へ

<コラム一覧へ