サンドウィッチのなかみ (2013年9月20日記事)

Vol.46 介護つなわたり

母との外出は車椅子とタクシーを使う。去年の夏も90歳の母と生まれ故郷に行ってきた。
91歳のいま、母はまるで別人のよう。幅の狭い歩行器を調達し家の中ではそれで必要最小限の移動練習をしているが移動するたびに息苦しさを訴える。あまりひどいので呼吸器内科に連れて行ったが、酸素レベルは問題なしと診断され、理学療法士によるテストでも酸素ボンベを利用するところまでいっていないと言われる。でもどうにかならないのか。母は以前好んでテレビの刑事物番組を観ていた。今はその気力もなく、どんな番組も雑音にしか聞こえないらしい。「死」の観過ぎだろうか、「ああ、死にたい」と言いながらも美味しそうにバナナをほおばる母。「人間はどれくらい血を失ったら死ねるかしらね」。「そんなこと人に聞かないで自分で調べなさいよね」。「警察に連れて行ってもらいたい」。「連行されるには何か悪事を働かないと、泥棒とか」と母と私の変な会話が毎日続く。母の老化が急降下するにつけつくづく私は人間として全く出来てないことを思い知らされる。

一つ新しいことを覚えた。理学療法士に私の酸素量も調べてもらった。深呼吸を5回した後、数値が97から99に上がった。苦しいと思ったら深呼吸をすればよいのだ。「深呼吸ってどうやってするの。教えて」。母は肩だけ持ち上げ、息を吸っている様子もない。私は鼻で「スーッ」という音をたてて吸う。そして大口をあけて「ハーッ」とはくと母も続いた。それからは母の嘆きごとを聞くたびに「ほら深呼吸して。お母さんの身代わり呼吸をしても意味無いんだからね」と言いながら私も「スーハー」をしてみせる。こうして日中はなんとか母も自分の体に僅かばかりの積極性を見せ始めた。だが、私に限らず人の姿が見えないと心配になり110番に電話してしまう。このあたりに死にたいと言っている人の矛盾があるのだが。かかりつけの医者に出してもらった夜の睡眠薬も効果なし。頻繁にトイレに行くため起きてしまう。今私は 隣の居間で寝ている。夜中にドスンと音がするやいなや私は素早く起きていって床に落ちている母を助けるのだが、なかなか母が寝付いてくれず悩む。息苦しさを訴えながら終わりの無い絶望的な独り言が延々と続く。

もう精神科医の意見を聞くしかない。このままでは2人ともダウンだ。2日ともたない。4度目の特別養護老人ホームでのショートステイを終えた日にその足で高齢者専門の精神科医を尋ねた。彼の診断によると母はウツでも認知症でもなく老人性の神経の病だという。自律神経の障害で極度の寂しさやむなしさを感じパニック状態になる。
息苦しさもそのためのようだ。そして処方された薬は嘘のように母を180度転回させたのだ。一晩ぐっすり寝た後、母は居間で座って朝食を待っていた。顔も久々に穏やかな表情をしている。「今日は何着るの? どっか行くんでしょ?」と前向き。その日はまた次のショートステイのお迎えがやってくる朝だった。送迎のヴァンに乗り、付き添って私も施設の部屋まで入ると、若い男性の介護職員が母を見つけるや「石原さん。またお会いしましたねぇ」と声をかけてくれる。「覚えてないけど美男子ね、貴方」と調子の良い母。息苦しさの為の深呼吸をする必要もなくなってきた。これでショートステイも快適に過ごせそうだ。と思った矢先、母の介護度認定更新の結果が届いた。介護度1だったのが一挙に4に! そんなァ。母が最悪の状態のときに審査員の訪問を受けたのと、かかりつけの医者が出してくれた意見書に母が認知症と報告されていたためらしい。介護保険で使えるサービスが16580から30600単位に増えたことはよいのだが自己負担分も増える。カナダへの出発を来週にひかえ、新しい課題が舞い込んだ。


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