サンドウィッチのなかみ (2014年2月7日記事)

Vol.51 こんな正月

母のショートステイ(特別養護老人ホームの短期入所)が1月3日から再開した。
朝、施設のお迎えの車に便乗して母を無事送り届けたあと、バスで西武線の大泉学園駅に来た。時刻はもう12時をまわっていた。元旦に私が代筆した、母宛の年賀状の返事を投函すると急に腹が空いた。キラキラと輝く太陽のもとでひんやりした空気が清々しい。このまま電車に乗って帰るのは惜しい。コンビニでコーヒーとクロワッサンとA新聞を手に入れる。しめて350円の初買い。上機嫌で駅前の石のベンチに腰を下ろす。家から持ってきたN新聞が冷たいベンチで私のお尻を守る。あ〜なんて気持ちがいいんだろう。日向ぼっこをしながら久々のA新聞を両手で広げた。

娘がカナダに一時帰国したため、年末年始は助っ人なしで忙しかった。母の健康が夏に急変してから初めての正月なので、今やっておかねばという気持ちから、12 月31日に母をショートから帰宅させ元旦を皆で祝うことにしていた。こともあろうに彼女は鼻水をたらして戻った。大掃除、買い出し、料理、と即席専業主婦をやっ てストレス気味だったが、それより私は母が風邪を引いてしまったのではないかと焦った。元旦には兄夫婦と妹夫婦もくる。妹は入院先から久々に母に会いにくる。

家に入るなり母は咳き込んだ。本格的な風邪となれば家族は遠慮して早々にひけるだろう。それに91歳の母にとっても風邪が大事になる可能性も。そして大量の刺身やお節料理が無駄に… そんな思いが大晦日に一挙に私の頭を駆け巡る。医者は休業。どうしよう。よし、仕方が無い。と医者の処方箋薬との飲み合わせを無視して一般の風邪薬P錠を飲ませる。その結果、水っぱなもゴホゴホも一時的に止まった。幸い熱も出ず、皆に囲まれ母は美味しそうにお雑煮やお節をほおばった。

だがP錠はその後飲ませなかった。翌日は痰のからまった咳が止まらず意を決して母を救急病院に連れて行く。レントゲンでは変わった様子もなく「まあ風邪のようなものでしょう」という医者の診断に「では一般風邪薬P錠でもいいですか」と問えば「薬をだしておきます。P錠と同じようなものが入っています」。「?」処方箋を見て私はがっかりした。かつて別の医者が出して全く効かなかった薬だったから。P錠の方は立証済みだ。落胆と安堵を同時に感じながら家に戻って3日に行く母のショートステイの荷造りをした。P錠もいれて。そして今日、看護士さんにお願いしひとまず安心して施設を出た私。きっと気が緩んでいたのだろう。

ベンチで新聞に隅から隅まで目を通し、冬の空気にそろそろ体も冷えてきたころハタと気づいた。ない、ない! 持っていたはずのアンゴラのマフラーがない。バッグにも。ヤバ〜ッ(何故首に巻いておかなかったのか、馬鹿者!)。コンビニにもない。さてはバスの中? あれは吉祥寺行きだった。母が昔使っていたマフラーだから 失うのは惜しい。でも仕方ないのか。駄目モトでバスの収拾物の場所だけでも聞いておこう。そう思い、先ほど降りたバス停に向かった。吉祥寺行きのバスが入ってきた。「すみません、この席にマフラーを忘れて…」言い終わらないうちに運転手が言った。「ああ、とっておいてありますよ。鞄の中に」とあの懐かしのマフラーが シュルシュルと出てきた。なんということだ。のんびり新聞を読んでいる間に私が乗っていたバスは吉祥寺まで行って帰ってきたのだ。あの時そのまま電車に乗っていたら、それに収拾物回収所を聞こうと思わなければ、あの親切な運転手とも再会のチャンスはなかった。簡単に諦めちゃいけないんだ。まず行動を起こしてみると何とかなるものだ。母に飲ませたP錠も危機を救ってくれたし、マフラーもまた私の首に巻き付いている。今年もなんとかうまく行きそうだ。


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