サンドウィッチのなかみ (2014年7月4日記事)

Vol.56 ハマる 

「早く帰ってきたからいつ来てもいいわよ」。トロントで毎週日曜の夕方電話をくれる友がいる。私は日本で見始めたNHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』にハマってしまっていた。私は日本配信のテレビ放送を契約している彼女のアパートに飛んでいく。前川洋一氏が脚本を手がけたこの歴史ドラマは、テレビ用にエンタメ化されているとはいえ、様々な歴史資料を基にして過去再現を試みている点で興味深い。 家臣が主君を欺く下剋上の世にあって黒田官兵衛の人生の神髄は裏切らない誠実と、いかに流血を抑え勝利を得るかを考える戦いの調略にあった。主 演の岡田准一は美男過ぎるが、官兵衛の魂が乗り移ったような演技を見せてくれる。

黒田家は小寺政職を主君と仰ぎ、官兵衛は織田信長の忠臣羽柴秀吉の有能な軍師として秀吉の天下統一の夢に多大な貢献をした。彼の人生の山場は織田側から毛利側に寝返った荒木村重を説得に行きそのまま土牢にぶち込まれてしまうところから始まる。驚愕の事実は主君小寺政職の裏切りで村重に自分を殺害させようとしたという卑劣極まる事件、そして最悪なのは戻ってこない官兵衛に信長が疑惑を抱き政職、村重とともに謀反を起こしたと勝手に解釈した末、人質だった官兵衛の一人息子を成敗するよう命じたことだ。牢の中で官兵衛は息子の死を知らされる。信じ切っていた小寺政職、織田信長の両方から見捨てられ子どもを殺されたら人はどうでるのか。実は彼の息子は官兵衛が尊敬する軍師竹中半兵衛にかくまわれていた。この息子がのちに徳川家康に貢献する黒田長政だ。

東京のある日曜日、私は用事で8時までに帰宅するのが厳しい状況にいた。再放送まで待てない。時計が8時2分前を告げた時飛び込んだ先は電気製品店。「テレビ売り場どこですか?」指されるままエスカレーターで3階へ。(今日は官兵衛が助け出されるか否か?)売り場は大型のテレビで埋まっていたが、客はいない。ひと気の少ない空間を盛り上げようとしているかのごとく張り裂ける叫びのような音楽がフロアー中に流れている。売り場の男性が一人暇そうにボーっと立っていた。大型テレビを指さし「これNHKって出るんですか?」と聞いてみた。「ああ出ますよ」といって切り替えてくれたが、視聴用ではないから音は出せないと意地の悪い返事。意図を見破られたか。これまでの筋を知っていたので無声でもストーリーの進行具合はわかる。が、もう少し静かな場所を求め売り場の一番端っこのテレビの前に移動。

「このテレビのスピーカーはどこについているのかしら?」と消費者のような質問を担当の人にしてみる。「大変性能のいいステレオがついてまして …」とセールストークを開始した。騒音はまだ充満している。うるさい環境のなか、私はかすかに聞こえる官兵衛の声に聞き耳を立て、セールストークにもうなずいていた。心もとない反応に気付いたのか彼は説明をやめてどこかに行ってしまった、というか行ってくれた。音量を上げるのは私とし てもさすがに気が引けて、囁くような音量でも感謝しながら中腰で最後まで観賞させてもらった。

さて、一年間以上もの幽閉から家臣によって救出され、謀反の疑惑を信長の前で晴らしたあとも信長の重臣秀吉への献策に励む官兵衛。後半の一段と成長した軍師が楽しみだ。信長、秀吉、さらに家康を支えてきた黒田家のモットーは無駄死にせず生き延びること。生涯側室をもたず、家臣を大事にし、黒田家の子孫のために尽くした官兵衛。息子長政の時代には九州52万石の大大名になった。そういえばトロントでテレビを見せてくれた友達も九州の人だっけ。ハマった私にお茶を出してくれる彼女は晩年茶の湯をたしなんだ黒田官兵衛ゆかりのオゴジョであるかも?


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