サンドウィッチのなかみ (2014年10月3日記事)

Vol.59 ヒレカツに思う

久々に楽しくジュージューやっていた。トロントに用事で来ていた娘が夕方5時発の最終VIA Rail でモントリオールに帰るという。小麦粉、卵、パン粉と手順よく娘の好物のヒレカツを揚げ、待っていた。彼女が友達とのランチから戻ったのが3時過ぎ。もうおなかに何も入るわけはない。電車の中で食べられるように大急ぎで熱々のヒレカツを容器に入れる。前の晩に作っておいた野菜スープは熱して小さな魔法瓶につめる。ふと母の姿が頭をよぎった。

学生中も社会人になってからも私がトロントから東京に里帰りする都度、母は好物のけんちん汁を作って待っていた。なのに若い時は母の気持ちを深く考えず、成田空港に着いたとたんにレストランの懐かしい日本食に飛びつき、家に着いた時には空腹感はそがれ、一杯だけ汁をすすっていた。母が高齢になってからは空港から実家直行に徹し、母が用意してくれた手料理の数々を心から楽しむ大人になる。年とともにその母の腕が落ちて行き、ついにけんちん汁がサラサラに。「美味しい、ありがとう」としか言えなかったがその味や食感の変化に母の老いを感じ、胸を締めつけられるような気持ちになったのを今でもはっきりと覚えている。

「けんちん汁作っておこうか。いらない?」という母の言葉に次第に私は「着いたら自分で何か作るから」と電話口で言うようになり、膝の痛みをこらえながら台所仕事をしていた母を少しは安堵させた。と思うのはこっちのほうで、彼女にしてみたら少しでも母親らしいことをしたかったのかもしれない。頼めば頑張って作ってくれたであろう、足が痛くても。しかし、自分で何十年も作っていたみそ汁のみそ加減も分からなくなっていき「もう駄目だね」とふっともらした母。

結局娘は終電車に乗り遅れ、私は地下鉄駅に迎えに舞い戻る。愚痴はいわない。娘をコーヒーにさそい、親子らしい対話をしてキャッチアップする。娘ご推薦の映画を一緒に見ようという話になり、DVDレンタルショップを探すが、そんな店は姿を消していた。それほど速く時代が変わったのだろうか? 日本のサイトでその映画をみつけた彼女は500円払ってダウンロードした。コンピューターの前で冷えたスープを魔法瓶から飲んでいる。電車に遅れたおかげで、私は一緒に映画観賞、そして娘と評論しあうという素敵なボーナスを得る。

駅で私を待っている間、娘はすでにベンチでヒレカツにかぶりついていたので翌朝、食べて減った分だけ容器に足しておく。家にあったスープの残りは冷凍してしまったのでコチコチのまま持たせる。十日前に帰国した私は時差ぼけで早朝の出発もあまり体制に影響はない。気がつけば娘をユニオンステーションまで車で送り、税込み19ドルで駐車し、ホームの下までノコノコついて行って見送る親バカをやっていた。コーヒーまでサービスして。

これから先、年に何回私は娘にヒレカツを作るだろうか。そのうち、パン粉と小麦粉を間違えるのではなかろうか。卵をどう使うのか覚えていられるだろうか。家庭料理をするにも能力の有効期限があるのだ。母は自分の記憶が怪しくなってもあのけんちん汁をつくり続けた。

が、ある時それは永遠に終わりを告げた。娘への愛情と自分の知力低下との狭間にあり、言いようのない悲しみに襲われたに違いない。いつだったか、どこか違うけんちん汁に気づきつつも食べている私の姿をみて、母がそっと台所から出て行ったことがある。「けんちん汁つくっておこうか。いらない?」と聞くようになったのはあの後だったかもしれない。

日本にいてもカナダにいても娘と私はすれ違いばかり。以前は電話でよく口論した。今は時間がもったいない。少しでも接点を見つけながら期限切れまで頑張れる母親でなくては。はたしてこれは成長か、衰えか?


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