サンドウィッチのなかみ (2015年3月6日記事)

Vol.64 バーチャルチーム

一つのチームが地域を超えて仕事をできる社会的環境は10年以上も前から始まっていた。インターネットの普及やグローバル化したアプリケーションのおかげはいうまでもない。いま私は東京でこれを書いているのだが、会社勤めを辞めてから何年も経った今日もバーチャルチームのド真ン中にいるのだと最近気がついた。超高速インターネットと、進化し過ぎたソフトを駆使(苦使)する日々が続いている。実は3月19日と21日に拙作のドキュメンタリー映画「長面(ながつら)きえた故郷」を日系文化会館とトロント大学で上映することになり、主催者チームである《ふるさと愛奏委員会》が太平洋と大陸をはさんで動いている。そのなかに私もいる。

フライヤーをトロントで印刷し、私が日本へ出発した後仲間があちこちに配布した。そしてネット用デジタルフライヤーは東京から協力団体に配信され各サイトに、さらにトロントのチームから各方面へと流され情報が広がる。トロントで果たせなかった切符の印刷は東京からネットでマーカムの印刷屋に注文し、ミシサガの仲間がそれを取りにいく、といった具合に地球の裏と表でことが進む。またチームの背後には強力なボランティア軍団がいて「まかせといて!」とポ~ンと胸を叩く音が東京まで響いてくるような気がするほど、彼らの勢いが伝わる。

「上映の前にエンターテインメントを」と斬新な意見が出たときは度肝を抜かれた。震災映画の前にエンタメ、マジで? これは訪れた人達と交流のチャンスでもあり、中身も映画と密着している(映画を見れば謎が解ける…)。震災で亡くなった人達の霊も喜んでくれるだろう。当初想像したチグハグ感はすぐに消え、楽しみと化した。

国境を隔てて実際にネット上の対話になると、一室の会話では出てこなかった隠れた個性が文字に出る。私など最たるものかもしれない。反応に遅く、頑固で、勝手なことばかり言っている。私って結構面倒くさい人間かもしれない。でも何日か仲間から連絡がなかったり、はたまた事細かく頻繁に連絡してくれたりすると、その人の無言や文章の行間から活動の〈大変さ〉をひしと感じてしまう。でも〈大変だ〉とは誰も言ってこない。体調を崩していないだろうかと私が思えば、「お忙しいところすみません」とこちらを思いやる言葉が返ってくる。この人達と私は繋がっているのだ。会えなくとも繋がっていると感じることって貴重で素敵な感動だ。性格や個性、経験の違いで物の見方は異なってもそれを包む信頼があれば繋がりが存在し、何事も成就するような気がする。バーチャルチームの原点かもしれない。

映画の〈長面〉は石巻市の沿岸地区にあり、人口約400人の美しい部落だった。いまは瓦礫も整備され広大な更地と変身した。収録された長面や近隣の大川小学校、雄勝地区の津波の爪痕が映像のなかで生々しく蘇る。テーマソングは佐藤賢太郎氏作詞作曲の『つながり』を使わせていただいた。それしか当てはまる音楽がなかったといっても過言ではない。彼は30代の若さで作曲活動の傍ら世界中で合唱や指揮の指導にあたる日本の精鋭アーティストだ。この音楽を聴くだけでも映画を見る価値があると思う。石巻の観客が〈是非全国で上映を〉と願ったこの映画、〈全国〉のなかに私はカナダも加えてしまったが、トロントを皮切りに、カナダ各地での巡回上映にもチームが一丸となる。嬉しいことにスポンサーも徐々に付きはじめている。

またアイヴィ・石原雪子・オールドフォード監督、ケビン・マクギュー制作による気仙沼市の子どもたちの夢や希望を特集した短編映画「これから」(From Now On)も両日、同時上映される。去年のリールアジアン国際映画祭に出品され好評を博した作品だ。東日本大震災から4年目になる3月、本当の復興の意味、繋がりの意味をこの機会に今一度考えてみたい。


「サンドウィッチのなかみ」一覧へ

<コラム一覧へ