サンドウィッチのなかみ (2016年3月4日記事)

Vol.76 どこかへ行きましょう

ピンクの花束、ハート型の小さなチョコレート、そして仙台土産の黒砂糖まんじゅうを持って病院へ。風呂上がりのさっぱりした顔で母は待っていた。「ハッピーバレンタインデ〜!」。母の顔に笑みが浮かんだ。この日のヒットは仙台のまんじゅう。

母が入院してから2年が経つ。彼女の病状を見ながら日本とカナダを往復し各地で拙作のドキュメンタリー映画「長面 きえた故郷」を巡回上映してきた。震災から5年目のこの春、第12回目の上映会を仙台でやることになり、私は仙台の協力者や報道関係者との打ち合わせを終えて東京に戻ってきたばかりだった。これも母の病気が安定していなければ出来なかったことと、母に感謝している。

最近、「どこかへ行きましょう」が友達の間で合い言葉になった。私が上映会の話をすると「お手伝いに行きましょうか?」と嬉しい声をかけてくれる。元気であることの証を、私達は皆欲しているのかもしれない。つまり、楽しいことをする為に「“いつか”どこかへ行きましょう」なのではなく、私達が自由に動けなくなる時が「“いつか”やってくるので…」という厳しい現実を意識している。私のように親に万が一のことがあれば暫くは身動きができなくなることであり、またある人にとっては足腰の痛みが将来悪化して移動が難儀になることでもある。新年に入って訃報も3件飛び込んだ。“今”楽しむために行動を起こそう、という気持ちの表れが「どこかへ行きましょう」なのだ。

私が大学1年の今頃、母の案内で田舎に一緒にハイキングに行ったことがある。褪せた写真に映る母の顔はおたふく顔の私よりずっと美人だ。親娘の最後の旅行は母が90歳の時、実家の墓参りだった。それもすでに3年前のこと。誰かが言った。20歳の人にとって1年は20分の1の長さに感じ、60歳は60分の1の長さに縮まるのだと。その計算だと家族や友達の繋がりも、自分のやりたいことも大事にしたいという私の欲張り人生は90歳になる頃には1年がなんとたったの5日に満たない!? ボケないために普段と違うことをしなければ、と憧れのピアノを習い始めた優秀な友は着々と5年という時を刻んだ。

母の女学校時代や絵画教室の仲間と行った旅行写真がいっぱい出て来た。きっと母はこうやって彼女なりに熟年期の生活をリセットしていたに違いない。仙台といえば、私は震災後何度か経由したことはあっても観光はしたことがない。今回友達と合流して普段と違うことをするのも悪くない。母と似たことを今やろうとしている自分に気づく。入れ歯をカクカクと音立てながら仙台まんじゅうを食べていた母に、今までと違った近親感を覚えはじめた。



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