サンドウィッチのなかみ (2016年8月19日記事)

Vol.81 まだ見ぬカナダ、ラブラドールへ

これほど今の生活とかけ離れた所はない。カナダにいながらカルチャーショックに陥る、と同時に神秘と過酷の入り交じったラブラドールの雄大な自然とそこに住む原住民の粘りに魅了される。

私の目的はトーンガット・マウンテンズ(Torngat Mountains)。ニューファウンドランド島から大型船で出発し、流氷図を頼りに船は北へ南へと航路を変えながら進む。陸へはゾディアック(ゴムボート)に乗り換えて接岸するのだが、そこは 何キロも幻想的な霧に包まれた、熊が出そうな浜だったり、何億年も前の芸術品ともいうべき美しい地層の岩場だったりする。ツンドラ気候のため、林はない。つまり女性が隠れて用足しする場所はない。

人口約2万7千人のラブラドール地方はその20%がイヌイット族。18世紀にドイツからモラビアン宗派(キリスト教プロテスタントの最も古い宗派の一つ)が北部を活動拠点とした歴史から、イヌイットの伝統として教会文化が根付いている。イヌイット語を話した宣教師は原住民に受け入れられた。また文字文化のなかった彼らにアルファベットでイヌイット語を表記し教育に力をいれた。バイオリン、チェロ、オルガン等の西洋楽器も伝授した。イヌイットには数字の表現がなかったので今でもドイツ語でかぞえる.しかし、現在の学校教育はすべて英語。私が出会った17歳のモニカは「有り難う」をイヌイット語で教えてくれたが、書けなかった。教会の屋根裏には 祖父母達の時代に使われたらしいイヌイット語の聖書が山積みになっていた。イヌイット語で「美しい土地」という意味のヌナチアヴット(Nunatsiavut)が原住民の自治政府として2005年に発足、人口650人のホープデール(Hopedale)がその首都となった。

眼鏡をとってモニカと一緒に写真をとる。イヌイットの祖先、トゥーレ(Thule)族は1万年程前にアジアから来たと言う説が有る。「私日本人なんだけど、貴女と似ていない?」と尋ねると、「全然 」という返事。むろん彼女の方がずっと美人。質問が悪かった。食生活はアザラシの肉や魚が多く野菜が少ないせいか、肉付きがいい。牛肉は高価で手が届かない。

さらに北のヒーブロン(Hebron)では多数の原住民が結核に感染し死亡。食料不足で犬が遺体を食べあさったという。州政府は生存者を強制移動させ、1959年に部落を閉鎖。いまイヌイットの大工さん二人が歴史的価値のあるドイツ建築のモラビアン教会を修復中。 北端のトーンガット・マウンテンズはヌナチアヴット設立の折、国立公園として国に献上された神聖な山々だ。待望のトレッキングも訓練のおかげで私は無事完歩。撮影して来た大量の写真を見て、複雑な魅力に陶酔する。そして、トルコのクーデター、フランスのトラック暴走虐殺テロ事件のニュースが飛び込む。これが私の日常だったのか。



「サンドウィッチのなかみ」一覧へ

<コラム一覧へ