映画作りがあるから不満はないんです
今を輝く女性監督が描く、現代女性の息苦しさ
西川 美和
映画監督(2012年11月16日記事)

西川美和監督は、私が「一度お会いしたい」と思い続けていた女性監督だ。彼女のことを知ったのは映画『ゆれる』。静かな作品ながら、心に強く訴えるキャラクターと映像美で、すぐにDVDのパッケージに監督の名前を探さずにはいられなかった。そして今回、その西川監督がトロント国際映画祭にゲストとして登場すると聞き、早速、インタビューを申し込むことにした。

トロントで上映された彼女の最新作は『夢売るふたり』。主演は松たか子さんと阿部サダヲさん。2人は、スクリーンではどこか心温まるお似合いの夫婦だ。しかし、そこから場面は一転。なんと、夫婦で結婚詐欺を仕組み始める。それも、後ろで積極的に糸を引くのは松さん演じる妻の里子。優しそうな笑顔からは想像もできない、そのしたたかさに驚く。

「松さんのキャスティングは一番最初に決めさせて頂いたんです。実態が分からない、得体が知れない部分が松さんにはあって、いいなと思ったんですよね。胸の内に業(ごう)の火を燃やしてるっていう感じに見えないですからね。いかにも悪役っぽい人が悪い役をやっても怖くないんですよね。逆に言うと、それが(キャスティングの)希望でした。悪役こそが最も複雑で難しい役だと思いますし安易に描けないと思うから、それを演じる女優さん自体に、いい意味での掴みどころのなさが必要だと思っていました。松さんにはこれからどんどん、もっと悪役をやってほしいですね(笑)」

結婚詐欺の黒幕でありながら、夫を一生懸命支える健気な妻の顔を残す里子役。松さんはお嬢様的で清楚なイメージを持つが、悪役が良く似合う。それも、自分が”悪“という意識はなく、人を騙すのは”夢を叶えるため“の手段である。

「私も、”お嬢様“というイメージを持っていたところもあるんですが、彼女のお芝居・舞台などへの取り組み方を観ていて、単に、蝶よ花よ、と育てられたお姫様というよりも…家柄は確かに、演劇界において由緒正しい家柄なんですが、だからこそ、演技するために生まれてきたと言うか、そういう気迫を彼女に感じていました。集中力であったり、『大変な主役を自分の背中に負う』ということに関して、生まれ持っての責任感というものがある人だろうな、って。(お会いしたら)本当にその通りでしたね。(今回の役は)今までやったことのない種類であっただけであって、どういうシーンにおいても彼女は全くメンタルが動じないですし、『こんなのどうやったらいいんですか?』とか、ナーバスになる瞬間がなかったですね」

西川美和

愛する夫の為に、彼の夢を叶える為に、思いついた計画。その計画を実行するにしたがって、孤独に落ちていき、夢までが空虚と化す。”あなたの夢が私の夢“…そんな夫思いの一生懸命な女性が陥りやすい心の闇なのかもしれない。過去の作品でも細かい描写で人間の心を映し出した西川監督は、今回もその期待に応えてくれる。特に女性達の心理描写は綿密だ。仕事、夫、子ども、夢…たくさんのものに現代の女性達の心はかき乱されているのかも知れない。でも、辛くても自分の足で歩くことは大切。人の人生や夢に乗っかることと、支えることは違う。自分の足で立たないと、いつか孤独になってしまうのは自分なのだ。

「自分自身が女性として生きてる感覚は随所に織り込んだ気がしますね。…結婚とか、子どもを持つとかって、女性にとってのそれと、男性にとってのそれは、全く意味合いが違うと思うんですよね。今は、女性が多くの選択肢を得られるようになった。それは豊かなことであるし、女性の人生の幅を広げましたよね。でも同時に、今までと同じように結婚し、結婚生活を主体となってキープし、子どもを産み育てる、ということも依然として女性の価値の中にあるわけですよね。その両立っていうのは本当に難しい。選択肢が増えたことで豊かになった一方、あれもこれもしなくちゃいけない。その内の何かが欠落してしまうと、自分には何か足りないものがある、と感じる女性が多いんじゃないかなと思います。そういう女性の、今の時代での息苦しさみたいなものが描ければな、と思ったんです」

こう語ってくれた西川監督。若くて、才能溢れる西川監督にも、『足りない』と思うものはあるのだろうか?

「うん、私にとっても足りないものは沢山あると思いますよ。結婚もしていないし、女性であるのに子どもを生んだり育てたりという経験が無いし。それはやっぱり、女性という性別を持って生まれてきた者にとって決定的な経験値の欠落であり、社会的地位も低いと感じることがあります。やっぱりどこか、半人前扱いされるし…。でも、それはしょうがないと思うんですよね。女性として自分には分からないことが沢山あって、子育てをされたり子どもを育てながらお仕事をされている方に比べて、自分はその点で劣っているという劣等感が無くはないですね。多分、半世紀前の女性にはなかったんじゃないですか? こういう感覚はね。

だけど、『映画作り』っていうものに全てを打ち込んできたので…。それが自分にとって替えがたいものだったんですよね。だからある意味、映画の仕事をしようと決めた時に、一般的な女性の平均的な幸せというものを一切諦めてもいい、と思ったんです。その中でも手に入ったものもありますし、手に入らないものもありますけど、映画作りがあるので不満とかはないです」

人生の全てを打ち込んで取り組むと決めた映画制作者への道。傍から見ると順調に進んでいらっしゃるようだが、監督の本音を聞くと…

「監督としては全く上手くなってるとは思いません。でも、もしかしたら上手くなっていったらダメなものかも知れないですね、映画って。黒澤明さんだって、70歳をゆうに越えた時に『映画がまだ良く分からない』とおっしゃったといいますし。そう聞くと、そうなんだろうな、と思うくらい映画って難しいんですよね」

そう言って笑う西川監督の最終的な目標は、「名前だけで見続けられるのでなく、作品が面白いから誰かと思ったら知ってる監督だった、という作品」を作ることだという。完成した自身の作品を見る度に、失敗していると思うそうだが、そんな気持ちが次を作り出す原動力の一部になっているのだろう。

決して派手ではないけれど、心にすっと入り込むようなダイアログと美しい映像、そして、寄り添うように流れる劇中音楽。シアターでは毎月何本もの新作が上映され、数か月もすればDVDとして消費される昨今の映画だが、おなじみの結末を楽しむようなハリウッド作品に飽きたなら、西川監督の作品を手にとってみて欲しい。きっと、何か大切なものを感じさせてくれるだろう。 

 
 


Biography

にしかわ みわ

大学在学中に是枝裕和監督に見出され、映画『ワンダフルライフ』(98)にスタッフとして参加。02年に自作脚本『蛇イチゴ』で監督デビュー。毎日映画コンクール脚本賞など受賞。06年に『ゆれる』がカンヌ国際映画祭監督週間に正式出品。この作品で毎日映画コンクール日本映画大賞、ブルーリボン賞監督賞など受賞。『ディア・ドクター』(09)で2度目のブルーリボン賞監督賞、芸術選奨新人賞。執筆業では『ゆれる』をノベライズした小説が第20回三島由紀夫賞候補に。また、『きのうの神さま』(09)が第141回直木賞候補となる。