“好きなことを仕事に”を実現
恐竜に触れていると楽しくてしょうがなくて・・・
杉本 志野
フォッシルプリパレイター(2012年10月5日記事)

現在ROMで開催中の「Ultimate Dinosaurs Giants from Gondwana」のメディア向け特別公開がきっかけで弊誌に連絡をいただいた杉本志野さん。「フォッシルプリパレイターとしてROMの特別展に関わっております」というメールの一文にフォッシルプリパレイターって何? 化石を発掘する人? と編集部一同、興味津々。取材を申し込んだところ快く承諾してくれ、ラボに招き入れてくれた。

発掘現場から研究者たちが持ち帰った化石がゴロゴロと置かれているラボ。ここで彼女がどのような作業をしているのかを尋ねた。

「ここでは、主に化石のクリーニングとレプリカの製作をしています。研究者たちが持ち返った化石は最終的には発掘場所に返さないといけないので、研究のために(化石を元にした)レプリカが必要なんですよね。作る手順は、まず、型取り。歯医者さんみたいですけど…(笑)。それに1~2日かかります。型に薬剤を流し込み、それが固まるのにまた丸1日かかって、その後に色を付けます。自然色を出さなくてはいけないんですが、それが私には一番難しいですね。上司のイアンはアートを勉強していたこともあって、相当駄目だしをされますしね。

フォッシルプリパレイターという仕事は、研究者が研究しやすいようにする縁の下の力持ちで、展示会というよりも研究者のための仕事がほとんどです。今回の特別展は、私が関わった中で一番大きな恐竜展です。展示物の中には私が作ったレプリカも展示されているんですよ」

杉本志野

フォッシルプリパレイターという言葉を聞いてすぐに想像したのは”探検服を着て、ヘルメットを被っている姿“だったと杉本さんに話したところ、残念ながら私たちがイメージするような重装備ではないこと、彼女自身、発掘に行く際にはシャツとパンツなど”普通の服装“で行くのだと笑って教えてくれた。

そもそも杉本さんが恐竜に興味を持ち始めたきっかけは、小学2、3年の時に図書館で見た「漫画で読む科学」。近場で恐竜展が開催されていれば出掛けていたが、仕事で恐竜に触れることが出来るとは思っていなかったという。恐竜への思いが復活したのは留学中だった。

「アメリカのユタに留学していた際、人間がこの世に存在してからの歴史を学ぶ人類学のクラスを取っていたんですよね。その授業に(特別講師として)1日だけ教えに来られた教授が、たまたま人類史以前(恐竜)の歴史を話されたんです。その時に、はっと自分の興味のあることに気づいたんです。それで授業後に教授に走り寄って『恐竜の授業が取れるんですか?』と聞いたんですよね。そしたら、『何を言っているの? ここは恐竜のことを学ぶのに最適な場所だよ』と…」

その後すぐに学科を変更して古生物学を学び始めた彼女は、2年の予定だった留学を5年に延長。1回の授業が人生を変えたという杉本さん。その瞬間は、稲妻が落ちたような…、という感じだったという。古生物学を学び始めた杉本さんは、当初、(古生物を学ぶ学生にとって憧れの職業と言われる)研究者を目指していた。

「研究職が自分に合っているのかを模索していた時に、教授のオフィスに遊びに行ったんです。オフィスにはここ(ラボ)みたいに化石が散在していて…。そこで壊れている化石をくっつけて遊んでいたら、教授からそのままくっつけて直してと頼まれたんです。それが楽しくてしょうがなくて…。そこで、『こういうことを仕事としてできないのか?』と聞いて、フォッシルプリパレイターという専門職があるということを教授から教えてもらいました。

その後は、教授が博物館の研究者に連絡してくれ、博物館で経験を積みながら単位が取れるように特別に計らってくれました。仕事をしながらの単位取得の制限を越えた際には、博物館のマネージャーが、大学院生のみが応募できる有給インターンシップ1人枠募集のところに(学部生だった)私を入れてくれて…」

海外に出てから、人との出会いに本当に恵まれていたと感謝する彼女。そんな彼女も大学卒業後、アメリカで職を得ようとした際には苦戦した。日本では専門職として存在しないというフォッシルプリパレイターは、オンタリオでは3人、カナダ全体でも20人弱しかいないという稀少な職業。アメリカでも同様で、そのポジションが空くことは滅多にないという。杉本さんもその現状に直面し、留学後は一旦日本に帰国。その後カナダへワーキングホリデービザで渡航した。そして、恐竜への熱い思いを胸に抱えたままビザの期限が迫っていたある日、大家さんと話す機会があったという。

「『本当はこういうこと(フォッシルプリパレイターの仕事)が(ここで)やりたかったんだよね』と大家さんに話したら、『なんでもっと早く話さなかったの?隣にROMの職員が住んでるんだよ』と言われ、その職員の人から(現在の上司の)イアンに連絡を取ってあげるからと言われて…。そこから職を得ました。

この仕事は試験というのものがないし、技術を学べる学校がまず存在しないので、実際にやっている人から学ばないといけない。師匠と弟子という感じですかね。でもそういう(師匠に当たる)人に巡り合うことも難しいですし。私は恵まれていたんだと思いますね」

以来5年。化石に触れていることがとにかく楽しいと話す彼女に、大変なことなどはないのだろうか?

「毎回求められる仕事のハードルがすごいスピードで上がるんです。どうやって乗り越えてるのかって? それはもうやるしかないです。必死ですよ。これで生きていこうと思ってますから、結果を出さなければそこで終わりじゃないですか。でも、好きだからできるんです。休憩も就業時間も忘れて没頭していることもありますね。化石をクリーニングして、仕上がりを見せた時に上司の表情が満足気だと、『やった!』っていう気持ちになりますよね」

夢を現実のものにした彼女は過去をこう振り返る。

「やりたいことに対して、それに向けてどうしたらいいんだろう? と常に考え、それに向けて努力していました。(この仕事は)初めの2年間はボランティア状態で始めるのがほとんど。同じようにやり始めて途中で挫折した人を何人も見てきています。(あきらめずに続けるということは)そんなに簡単なことではないけれど、やっぱり好きなことをしたいっていうのが根底にあって、それがゆずれなかった。時間を忘れて没頭できる仕事ってなかなか無いですからね」

天職を得た彼女に、次のステップは何なのかを聞いてみた。

「何よりも、信頼できるプリパレイターになりたい。今現在ROMで(最も貴重で壊れやすい)頭骨に触ることが許されているのは私と上司だけ。私が来るまでは彼だけだった。そこまでのレベルには到達できたのですが、彼に近づくにはまだまだ。経験もここで5年、ユタでの2年を数えたとしてもまだ浅い。毎回ラボに来るたびに新しいことがあって…。それがまた楽しくてしょうがないんですけどね。

今後は、骨格のことを専門的に勉強したいです。ROMはコレクションが膨大ですから貴重なものに触れる機会も多いですしね」

インタビュー後、「せっかくですから見て行かれますか?」と、特別展へ案内してくれた杉本さん。最近のDNA鑑定から恐竜の色は暖色系だった可能性が判明したこと、また、近年中国では、羽毛が生えていた恐竜の化石が発見されたことなど逸話を盛りこみながら、恐竜一体、一体について説明を加えてくれた。

海外で好きな仕事をする! とは、多くの留学生やワーキングホリデーメイカーの憧れではなかろうか。それを見事に実現している彼女から学んだことは、純粋な自分の心の声に素直に従い、それに向かって突き進みながら、思いを周りの人に話してみること。海外で自分の夢を叶えるヒントはここにあるのかもしれない。

※杉本さんに監修をしていただいきました
本誌Topics「Ultimate Dinosaurs Giants from Gondwana」の記事はこちらから>>


 
 


Biography

すぎもと しの

広島県出身。日本で短期大学を卒業後、ユタ州にあるウェバー州立大学にて古生物学を学び、インターンとして同州の自然歴史博物館、州立地質調査所にて経験を積む。Dr. David Gillette (北アリゾナ博物館のキュレーター)により日本で発掘されたテリジノサウルスの化石についての記事の翻訳のほか、ROM以外の博物館のキュレーターや学者のためのレプリカも製作している。来年夏にはアルバータ州にあるロイヤル・ティレル古生物学博物館での夏季限定の仕事、またはROMの夏のフィールドワーク参加を思案中。ameblo.jp/curioushino