人間の弱さと強さ
不器用でむきだしの生き方を美しく、繊細な映像で綴る
タナダ ユキ
映画監督 (2012年10月19日記事)

母子家庭で育った高校生・卓巳と、彼がコミケで知り合ったアニメ好きの主婦・あんず。2人の関係を中心に、思春期特有の揺れる感情と誰もが心に抱え持つ闇を繊細に描き出した連作短編『ふがいない僕は空を見た』。【本の雑誌】が選ぶ2010年度ベスト1に輝き、2011年本屋大賞第2位、そして第24回山本周五郎賞を受賞して話題となった、窪美澄氏(くぼ みすみ)の衝撃の文壇デビュー作だ。

嫉妬、感傷、愛情、戸惑い…そんな切ない思いが文章から溢れ出すようなこの作品を映像化したのは、映画『百万円と苦虫女』(08)のタナダユキ監督。今回は、日本全国ロードショー公開となる11月に先駆け、トロント国際映画祭での上映の為にこの作品を携えて来加したタナダ監督にお会いすることが出来た。

コスプレをしたまま情事に勤しむ男女が大スクリーンに映し出される。「ああ、R‐18指定だったな…」と思いながら見つめることしばし…。すると、コスプレや浮気などという派手派手しい上辺とは異なり、そこから静かに広がってくるのは人生への苦悩と葛藤、自分では変えることの出来ない社会の不公平さとそれに対する苛立ちや反発。そして、もがいた末に見つけた新たな第一歩…。そんな人生の通過点とも言えるだろう感情を伝える役者たちの演技は瑞々しい。ともすれば好奇な目で見られそうな題材を美しく描き出すことができたのは、タナダ監督の作品へのアプローチ手腕に他ならない。

「でも、(映画化にあたって)凄く変えた、っていうところは実はないんですよ。最後のシーンは原作には無いですが。
思春期の、何と言うか…”めんどくさい感情“というんでしょうか?(その年代が持つ)自分でやってることの本当の意味をよく分かっていないところなどの矛盾を、原作がすでに含んでいるんです。例えば、親友なのにどうしてこんなことするの? と思うような部分とか、原作のそういうところを損なわないようにどうしても(映画に)入れたい、と思ったんです。そもそも人間は矛盾した生き物ですから…」

タナダ ユキ

脚本を担当したのは向井康介氏。

「原作のことが好き過ぎると、どう(映像化)したらよいかが分からなくなるので、これは他の人に頼もう、と思って…。
最初の脚本の段階から撮影にもう入れるんじゃないかというくらいまでのものが出来てはいたんですが、なんとなく自分の中で『もっといけるんじゃないか』という気持ちがあって、(実際に撮影に入るまでは)意外と苦労しましたよ」

同じ行為をし、空間を共にする卓巳とあんずだが、2人の心はすれ違う。自分の気持ちに初めて気付いた卓巳と、自分の気持ちを抑えて離れようとするあんず。時間軸を変え、2人それぞれの目線から見た物語が紡ぎ出される。そして、それに折り重なるように、2人を囲む人々の人生までもが語られていく。

「原作の構成がまた素晴らしいんですよ! 文章も良いし話も魅力的、そして構成も素晴らしい。だから、映画でそれ(構成)をどういう風に見せていくのか? 加えて、主人公のあんずと卓巳の軸のほかに、(卓巳の親友の)福田君の話がどうしてもやりたかったんです。でも、そうなると尺が長くなる。福田君の話のパートでも、卓巳という存在を(観客に)忘れずにいてもらわないといけない、ということも考えたり…」

卓巳の親友でありながら、社会的には正反対の場所にいるのではないかという高校生、福田役は窪田正孝さん。

「福田は、原作では凄く背が高いという設定なんです。窪田君はオーデションで決まったんですが(卓巳役の)永山君が結構背が高いので、窪田君の方がちょっとだけ背が低くなる。原作とは違う雰囲気になるけれど、その設定を変えてでも、『福田役は彼に…』と思いました。その方が(役者同士が)お互いに引き立つんじゃないかと思って」

の言葉通り、どちらかというと世間知らずな卓巳のナイーブさが、都会的だがどこか朴訥とした風貌を持つ福田の存在で際立つ。卓巳役は永山絢斗さんだ。

「(彼を卓巳役に選んだのは)直感みたいなものですね。ちらっとテレビや映画で見かけて知ってはいたんですが永山君と仕事をしたことがあった訳ではなく、なんとなく…という感じでした。でも、会ってみたら想像通りというか、想像以上に良くて(彼に卓巳役を決めました)。

あんず役は田畑智子さんですね。日本の映画監督は、田畑さんの『お引越し』という映画を見てる人が多いと思うんですが、お若いのに凄い巨匠たちと仕事をしてきた方。だからこそ、この難しい役を田畑さんなりに消化して演じてくれるのではないかな、と思ってオファーしてみたら快諾してくださったんです。

撮影もすんなり進みました。スタッフみんなに助けられましたね。俳優さんたちも集中力があって、何テイクも(やり直しを)撮らなければいけないこともなかったですし。特に田畑さんの力だったと思います。ベッドシーンやヌードがあったので、彼女が凄く神経質になるタイプの俳優さんだったらこちらも緊張してしまっていたと思います。

彼女は、いったん自分がやると決めたら腹が決まっていて、『じゃあ、ここの、こういうカット(を撮ります)』というと、『はーい!』(と服を脱ぐ)という感じでした。だから全員で田畑さんの胸を借りた、みたいなものですね。クランクイン前に彼女に会う機会があって、『心配なことがあれば、なるべくそれを排除して撮影に挑みましょう』とお聞きしたんですが、『(心配なことは)何にもありません』と言ってくれたので、自分の気持ちも軽くなりました。この人と一緒に”共犯“みたいな感じでこの映画を作りたいな、と思いました」

脚本、配役、実際の撮影…と、1つの映画が成立するのはとても難しいことだと語るタナダ監督。だから、簡単に時次回作の話は出来ない。しかし、どんな作品を撮る時も、心にとどめている大切なポイントがあると言う。

「毎回、いかに俳優さんを魅力的に撮れるかということを考えています。かっこいいとか、かわいいということではなく、映画の中のその人物が、どれだけ、まるで本当にいる人のように撮れるか、これでいいのか、ということを自問自答していますね。

そして、人々が何を抱えて、どういう風に生きていくかということを映像にしたい。例えば、みんなが凄く好きな音楽が流れている。その音楽を聞いて、直ぐ人々の輪に入れるような人っていますよね。でも、入れない人もいる。自分もその音楽が凄く好きなのに、どうしても輪に入れない。私は、その入れない人を…、そんな人たちの人生を撮っていきたいなと思うんです」。

 
 


Biography

たなだ ゆき

福岡県出身。映画監督、脚本家、女優、小説家。デビュー作の『モル』(2001年)で監督・主演を務め、ぴあフィルムフェスティバル/PFFアワードにてグランプリ、日活ブリリアント賞を受賞。その後、『月とチェリー』(04)、『タカダワタル的』(04)などの監督作を生み出す。07年には蜷川実花監督の『さくらん』の脚本を担当。08年には『俺たちに明日はないッス』『百万円と苦虫女』の2作品を制作し、『百万円と苦虫女』では日本映画監督協会新人賞、イタリアのウディネ・ファーイースト映画祭でMy Movies Audience Awardを受賞する。