映画に捧げる愛
Amir Naderi
映画監督(2011年12月2日記事)

監督と俳優陣の情熱で描き出された
ジャパニーズ・シネマへの応援歌

アジア最大の映画大国イラン。少し調べてみれば、決して派手ではないが世界的に高く評価され、名作と呼ばれる作品はイラン出身の監督のものであることが多い。学校に入りたがる文盲の少年を描いた『駆ける少年』( 86)などを発表し、イラン映画(ペルシャ映画)を国際的なスポットライトへ導いた立役者の一人でもあるアミール・ナデリ監督もそのうちの一人だ。
ナデリ監督の最新作は、トロント国際映画祭で上映され、日本でも12月中旬に公開が迫る『CUT』。監督は、西島秀俊さんが体当たりの演技を見せて公開前からすでに話題となっているこの作品に ついて、そしてアメリカの大学で教鞭を執るほど造詣が深い日本映画への想いについて、熱く語ってくれた。

「主人公の秀二は、『ラストサムライ』のような人間なんです」
エンターテインメント性ばかりに傾倒する日本映画の今を憂い、かつて支持されていた娯楽でありかつ、アート作品としての映画の鑑賞を推奨する主人公の秀二は、愛する映画のために闘う。母国で、政治的・社会的背景のため、自らの自由な表現を求めて闘わなければならなかったナデリ監督はじめ、イラン人監督の精神世界を投影しているかのようだ。「自分が信じるものに、どれだけ真剣になれるか― だから、彼(秀二)は殴られることを選んだ。彼は自分自身を試そうとしている。そして、一発殴られる度に一つ大好きな映画を思い浮かべ、そこから力をもらっている。彼の中にある映画の愛だけが彼を支えているんです」
秀二役を演じた俳優・西島秀俊さんとは、東京で開催さえた映画祭で出会ったという。
「西島さんとは約5年前に東京のフィルメックス映画祭で出会いました。彼はとっても静かな人で、どちらかというとシャイ。あまり自分のことを話すタイプではありませんね。でも、彼はすごく強い人。もちろん見た目がよいということもありますが、秀二役を演じる俳優として、彼の内面の強さが必要だったんです。彼と一緒に楽しく作品作りに取り組みましたよ。俳優として、そして映画愛好家としての彼の知識と、私がこれまでに培ってきたものや知ってることを話し合いを積み重ねながら巧くブレンドし、理想の『秀二』を作り上げました」
ナデリ監督は、秀二の闘いをそっと支える陽子役に、爽やかな魅力で人気の女優、常盤貴子さんを起用した。
「それまでの彼女にはトレンディなドラマのイメージがあり、彼女自身もそこからの『変化』を求めていました。だから、彼女に会った時に『外見から変えてくれ』とリクエストしたんです。常盤さんには、日本の視聴者が持つ彼女に対するイメージを忘れ、私を信じて、この役に取り組んで欲しいと伝えました。
最初にしたことは、彼女の髪を切ることでした。衣装として私の古いシャツを渡し、映画の撮影セットの中ではあまり人と話さないようにして欲しいと言いました。そして、『ねずみになれ、他の人が、自分の回りでどう動いているかをいつも、静かに観察しているねずみのようになれ』と言ったんです。
彼女は私のリクエストによく応えてくれて、内面からの美しさや純粋さが浮き出る陽子として、素晴らしい魔法を起こしてくれました。常盤さんは、西島さんと同じく静かな人ですね。でも、だからこそ、秀二と精神的に繋がる陽子を演じることが出来た。そのおかげで、性的なシーンを全く描かなくても、相手に全く触れることがなくても、お互いの心の葛藤と好意、そして信頼関係を描くことが出来たと思います」
ナデリ監督の作品からは何かを追い求める強い姿勢が伝わってくる。ふらりと暇つぶしのように劇場に足を運んでも、次第に身を乗り出して見入ることを要求されるような徹底的な力強さが、詩的な 映像表現の中に同時に存在するのだ。また、一般人の日常を切り取り、何も特別なことは起こらないのに登場人物の感情の機微を手に取るように感じられる、黎明期の日本映画に少し似ているのかも知れない。
「日本の文化は穏やかな文化ですね。必要がない限り”叫ぶ“ことはありません。でも、スクリーンからは静かに何かが叫ばれている。日本人とは、そして人とは何か、ということをよく描いていると思います。それに、役者の動きや編集で魅せるところがあって素晴らしいと思いますよ。
好きな日本の映画監督はたくさん居ますけど… 日本の女性像を鋭い表現で情緒的に描いた溝口さん(溝口健二)をはじめとして、成瀬(巳喜男)さん、小林(正樹)さん、小津(安二郎)さん、そして黒澤(明)さん…。名前を挙げれキリがないですが、たくさんの映画監督が素晴らしい作品を残してきた。新しい世代の映画制作者には、その日本映画をさらに高いステージへと引き上げてもらえると思っています。
でも、同時に少し心配もしているんですよね。”映画“が失われつつある、と秀二は叫びますが、それはいい作品を作っても上映する場所がないからです。他のアジア諸国やハリウッド映画と比べたりして、日本映画の力がなくなってきた、という人も居るようですが、そんな心配は必要ないと思います。日本には若くても素晴らしい映画監督がたくさんいますよ。共同脚本として『CUT』を手伝ってくれた青山真治さんもそんな監督の一人ですね。今回の映画祭でトロントに来ている是枝さんや、黒沢清さんもいい監督です。
私は今年も『東京フィルメックス』へ参加するために日本へ行きますが、フィルメックスでは世界中から選ばれた作品が上映され、新しい作品はもちろん、古いものも観られます。上映作品のセレクションは大変独創的で、こういう映画祭で優秀な作品を見て育った人が優秀な映画監督になるのだと思います。観衆の中から、次世代が育ってくる、ということですね。だから、問題は人材ではない。場所です。例えば東京に今、インディペンデントの映画が上映できる劇場はいくつありますか? よく知られているものは、片手で数えるくらいしかないかも知れませんね。
国際的にみても、映画界は枯れつつあると思いますがそれは、作り手がいないからじゃない。場所がないんです」

一人でも多くの人が映画館、映画祭に足を運ぶようになれば、そして、派手ではないけれどじっくりと作り上げられた映画にもっと目を向けることが出来るようになれば、それだけ文化は円熟する。そんなメッセージを強い意志に裏づけされた視線で届けてくれたナデリ監督には、映画界の未来を見守る父親のような優しさがあった。

【Cut】

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『CUT』
12 月17 日(土)よりシネマート新宿ほかで 全国順次ロードショー。
出演:西島秀俊、常盤貴子、菅原俊、でんでん 他
監督・脚本・編集:アミール・ナデリ
共同脚本:青山真治、田澤裕一
http://bitters.co.jp/cut

Biography

アミール ナデリ
イラン南部アバダン生まれ、ニューヨーク在住。スチール・カメラマンとして活動した後、70 年代に映画に転向。86年発表の『駆ける少年』、89 年の『水、風、砂』が連続でナント三大陸映画祭グランプリを獲得。特に『駆ける少年』は、過去四半世紀で最も影響を与えた作品として高く評価された。アメリカに移住後も優秀な映画作品を次々と生み出すほか、現在ではコロンビア大学などで映画史の教鞭を執る。また、11 月末に開催された『第12 回東京フィルメックス』では、審査委員長を務めている。