映画作りは純粋に好きなこと
Atsuko Hirayanagi
映画監督 平柳 敦子 (2014年12月5日記事)


自分に正直になった末に辿り着いた監督業

東京で働く独身女性の節子(桃井かおり)、55歳。ふとしたことから英会話教室に通うことになった節子は、教師から金髪のウィッグを渡され、教室での呼び名は”ルーシー“と命名される。やがて”ルーシー“は節子がそれまで抑えていた欲望を目覚めさせていく…。

トロント国際映画祭の短編映画部門で上映された平柳敦子監督の『Oh Lucy!』。今年のカンヌ国際映画祭にて各国の映画学校が推薦する学生映画を集めた「シネフォンダシヨン」部門で2位に入賞。同部門では日本人初受賞という快挙を成し遂げて、メディアを騒がせた監督だ。


▲映画『Oh Lucy!』より

現在はサンフランシスコを拠点にしている平柳監督は留学がきっかけで、それ以来、海外で生活をしている。留学当初学んでいたのは映画制作ではなく、演劇だったという。

「高校2年の時の留学先はロサンゼルスでした。演技を勉強したくて留学して、大学も演劇科を卒業しました。映画監督になりたいという夢は、実は小さい頃から持っていました。若い頃は人生の計画を立てるのが好きで(もちろん思い通りにはいかないのですが)、漫然と40歳になったら映画監督になろうと決めていました」

現在、30代の平柳監督。その計画が少し早まった理由を伺った。

「32歳の時に出産したんですが、自分の人生を大きく変えるほどの出来事でした。それまでもドラマチックな側面は人生の中にありましたが、出産した後、自分自身が違う世界にワープしたような感覚を感じたんです。赤ちゃんはエネルギーの塊。そんなピュアな存在と真近に接しているうちに、”もっと正直にならなきゃいけない“と思ったんです。ピュアな目でこちらを見つめる赤ちゃんに対して、(その目を)きちんと見つめ返せる人間でありたいと。それで、自分がやりたいと思っていることに対して”なんで40歳まで待たなきゃいけないんだ?“って(笑)」


実際になってみての監督業に対する感想を問うと、「楽しいです」ときっぱり。

「演劇も一生懸命やっていましたけど、今振り返ると、心の底から好きではなかったのかなと思いますね。本当に(ちょっと気持ちに無理をしながら)すごく頑張っていました。監督業は本当に好きでやっていることだと思います。やっていて楽しい。もちろん、楽しくないこともたくさんあるわけですけど、そういう苦労についても、しょうがないからやるっていう気分にはならないっていうか…。うまく言葉にするのは難しいんですけど…仕事じゃないっていう感覚ですかね。仕事だから仕方なく、生きるためにやらないといけない、とかそういう感じでは全くないです」

監督業で「一番楽しいのは現場」だと言う平柳監督。一方、好きでないのはプリプロ(プリプロダクション)といわれる出演交渉などを含めた撮影の細かい準備だ。

「プリプロについてはここまでやれば良いという限界がないから好きになれないのかもしれません。それでも映画の成功の鍵はプリプロが80%くらいを占めると思うので、踏ん張りどころです」と話し、今作品においては、大女優の桃井さんに出演してもらうという交渉が要となった。

▲映画『Oh Lucy!』より

▲映画『Oh Lucy!』より

「私の中では最初からルーシーは” 桃井さん“というイメージがあって、卒業制作の許可を得るプレゼンテーションでも桃井さんの写真を使っていたんですが、出演依頼をすることはその当時は考えていませんでした。キャスティングを始めたものの、ルーシーのイメージにぴったりはまる主演の人が見つからずにいた頃、2年生の時に制作した『もう一回』という作品が日本で行なわれている短編映画の映画祭『ショートショートフィルムフェスティバル&アジア』で、グランプリを受賞したんです。そこで、この機会に…と思い、プロデューサーに桃井さんのマネージャーさんを探してもらったんです。『Oh Lucy!』 の脚本と『もう一回』の動画のリンクを付けて、メールで”会ってお話させてください“と伝えたら、”ぜひに“とお返事をいただき、すぐに桃井さんが住むロサンゼルスまで会いに行きました。そうしたら4時間も時間を取って会ってくださり、その場で快諾してくださいました」

桃井さん演じる節子が英語を話すことにより、抑えていた自分を開放していく姿は、とてもリアルで監督の実体験を想像させた。「作品には自身の経験を投影させましたか?」と問うと、「そうですね」と笑顔でうなずき、留学生活を始めた当時を振り返った。


「今はそれほど感じなくなりましたが、あまり英語が話せなかった留学当初は”英語を話している自分“と”日本語を話している自分“が違うことはありましたね。二重人格とまでは言わないまでも、自分が2人いるみたいな。英語が話せないという理由で黙って静かにしていると、”静かなアジア人の女の子“という印象を持たれてしまうこととか。でも、日本にいた時の自分の性格はそういう大人しいイメージとは違ったりするわけで…。人から見られる自分と本来の自分、その違和感に対して感じるジレンマは作品に反映されていると思います。あとこれは俳優をやった経験から実感したことなんですが、他人を演じることにより本来の自分が出るということってあると思うんです。ルーシーを演じることにより、節子の素直な気持ちがオープンになっていくというようなところはそこに通じている気がします。演出の部分では、ルーシーが卓球の球を口に入れて発音練習をする場面、あれは演劇科にいた時の発音矯正クラスで実際にしていたことです。英語では母音を発声する時に大きく口を開けて発音するじゃないですか。”ジョン“と日本語では口をあまり開けずに発声するところを英語は”ジョォン“というような感じで。クラスではワインのコルク栓を使っていましたけどね 」

2人のお子さんをサンフランシスコに残し、トロント国際映画祭へは単身で来られていた平柳監督。監督業と母親業との両立について工夫していることを最後に伺った。

「映画祭の時期と夫の出張が重なったため、今回はお義母さんと夫の姉が、子ども2人の面倒を見てくれています。家族の力というか、周りの助けがないと、母親をしながら監督業なんてできません。周りには感謝の気持ちでいっぱいです。1人では絶対にできないことですから。チームワークですね」。

現在は、『Oh Lucy!』の長編制作に挑んでいるという平柳監督。さらなる世界的な活躍に期待したい。


 
 


Biography

ひらやなぎ あつこ


サンフランシスコ州立大学にてTheater Arts(演劇)を専攻卒業。ニューヨーク大学大学院映画制作学科シンガポール校卒業。在学中に制作した短編映画はクレルモンフェラン国際短編映画祭をはじめとした数多くの国際映画際に入選。2年生時に制作の『もう一回』は、ショートショートフィルムフェスティバル&アジアにて、グランプリ、ジャパン部門最優秀賞、ジャパン部門オーディエンスアワードを受賞。『Oh Lucy!』は2014年カンヌ国際映画学生部門で日本人初2位に入賞。

『Oh Lucy!』オフィシャルサイト  ohlucythemovie.com