好奇心のまま、多彩なジャンルに挑戦し続けてきた私を試したい
Ayaka Kinugawa
ミュージカルディレクター 衣川綾香(2018年6月8日記事)


エンターテインメントの可能性を発信していける存在でありたい


数多くのシアターが点在するトロントでも、コメディタッチの即興劇で名高い「The Second City」。ここには、同シアターの歴史において初の日本人ミュージカルディレクターとなった衣川綾香さんが所属している。彼女のこれまでの軌跡とその想いに触れるべく、インタビューの機会を得た。

―もともと、日本を離れたきっかけは何だったのでしょうか。
子どもの頃からピアノを習っていたこともあり、高校の進路相談時に音大を志望する旨を先生に伝えたんですね。ただ私が通っていたのは普通の進学校で、音大に入学するための、いわゆるエリート教育の場ではありませんでした。どうしようかなと思っていた時に、自分が参加した姉妹校との短期交換留学を思い出して。ならば留学して、英語で音楽を勉強してみるのもありだなと思ったんです。

―海外の大学に行くことは、高校生にとっては大きな決断ですね。
そうですね。ただ、その交換留学がとても楽しかったので。その記憶も決め手のひとつとなりました。当時はアメリカを希望していたのですが、社会情勢的に良い選択肢とはいえなくて。そこでアメリカ西海岸地域への転入制度を設けているカナダはブリティッシュコロンビア州へと渡り、語学学校で英語を改めて勉強した上で、大学の音楽学部のクラシック科へと入学したんです。

―大学時代の経験は、衣川さんのその後にどのような影響を与えましたか。
私が入学した大学は、特にジャズ科が盛り上がっていました。そこで私もジャズをやってみたい!思うようになり、クラシックとジャズをダブルメジャーとして勉強することになったんですよ。放課後はジャムセッションに取り組んでいたので、交友関係も広がり、気付けばロックやファンク、ヒップホップやR&B、レゲエなどの多彩なジャンルに合わせて演奏するようになっていました。また演奏だけでなく、CMやショートフィルムといった映像のための音楽を書き下ろすようになっていたのもこの頃。










―音楽という枠組みの中でも、幅広いフィールドで活動されていたのですね。
もともと好奇心が強く「これ一本で勝負する」というよりは「ひとつのことに満足せず、色んな技を身に付けて挑戦したい」というタイプの人間なので、そういった環境はとても自分に合っていたのだと思います。卒業後はそんな私を評価してくださる方々から演奏やレッスン、ミュージックディレクターのオファーをいただくようになっていました。ただ、この小さな町でずっと暮らし続けていくのかなと自分に問いかけた時に、もっと大きなところで自分を試してみたいと思ったんです。そこでカナダ最大の都市、トロントへ行こうと決めて。

―では、すでにトロントの「The Second City」をご存知だったということですか?
それが、実はまったく知らなかったんですよ。トロントに引っ越す1週間前に、たまたま「The Second City」のミュージカルディレクターの実習生の募集を見つけたんです。すぐさま応募して、返事がきて「じゃあ面接に来られる?」と話が進んで。準備する間もなく身体ひとつで面接に出向いたわけですが、担当のディレクターが「じゃあジャズ、次はブルースを、それからクラシックを弾いて」と、色んなジャンルの演奏の指示を出してきたんです。それはまさに私がやってきたことで。「うん、オッケー!」と合格をもらえたわけです。ここが様々なジャンルの演奏を求めるシアターだということも当時は知りもしませんでしたが、なんだか今までの自分自身がすべて肯定された気がしたんです。

―そこからミュージカルディレクターとしての階段を昇っていったと。
そうなんですけど、それと同時に、演奏ができるだけではいけないなと感じて。このシアターが得意とするのは、コメディタッチの即興劇。その本質を知らずして、本当の意味でのミュージカルディレクターにはなれない、成長することができないなと思いました。そこでこのステージに立つパフォーマーが何を感じ、何をどう求めているかを知るために、私もパフォーマー育成クラスを受けることになったんです。今までは楽器ありきの自分だったので、最初は本当に戸惑いました。ただ、それも時間と経験を重ねるうちに、楽しい流れへと変わっていって。まさか自分がこうしてパフォーマーの一人になろうとは、以前は思いもしなかったんですけどね。

―「The Second City」が衣川さんにもたらした大きな影響とは何でしょうか。
エンターテインメントに関する感覚ですね。このシアターの即興劇って「えっ、そんなことをコメディタッチにしちゃっていいの?」と思うような、たとえば社会情勢や差別問題などのタブートピックスを積極的に扱うんです。でもそれはあくまで観客の皆さんに「問題定義をする」ということでもあるんですよ。「これって口にしてもいい話題なんだ、もっと考えてみよう、皆で社会を変えていけるかも」という前向きな意識を高められるというか。それから、北米では即興劇は単にお笑い芸人のする事ではなく、子供の習い事や一般人の趣味、またはビジネスマンがコミュニケーションスキルを高めるためにワークショップに参加したりするものです。即興劇を始めてから社交的になった、度胸がついた、プレゼン能力が上がった、自分らしさを理解しそれを人と比べず表現できるようになった、とみんな口を揃えて言います。私も自己を知りそれを表現する、という面では即興劇を始めてから人生が変わったと言っても過言ではない程の影響を受けています。

―日本のエンターテインメントついてはどう思われますか。
実は、数年前から吉本興業さんが「The Second City」の講師を迎え入れたり、所属芸人さんがプチ留学してSecond City流の即興劇を学び、漫才やコントは演目にない即興劇オンリーの公演に取り組んでいます。私も東京へ出張し、即興で歌うという稽古の指導をしてきました。吉本興業さんの人気にあやかって、即興劇がもっと日本でも広まってくれたら楽しくなると思います。そして、単純に面白いけど、実はウィットに富んでいて、さらにはダイバーシティを大切にした上で成り立つエンターテインメント。私としては、このスタイルをもっと日本に広めていきたいです。出る杭が打たれてばかりの世の中では飽きてしまいますし。それは好奇心のままに挑戦してきた私だからこそ、強く思うところです。


Biography

きぬがわ あやか
バンクーバーアイランド大学音楽学部ジャズ科卒。2013年よりコメディ劇場「The Second City」にてミュージカルディレクターとして舞台製作やパフォーマンスを担当。また即興劇講師としてSecond City Training Centreでのミュージカルインプロクラスや日本企業向けのビジネスインプロワークショップの指導に当たる。

サイト:Secondcity.com