伝統を守りつつ日本社会特有のしがらみを取り払いたい
Chihiro Tanaka
スタント女優 田中千尋(2017年6月19日記事)

カチンコが鳴った瞬間にスイッチが入り何でも出来る


京都の歴史ある東映京都撮影所にて、『水戸黄門』をはじめとする時代劇やテレビドラマなどに出演してきたスタント女優である田中千尋さん。現在トロントに短期滞在中の田中さんは、日系文化会館で開催されたトロント日本映画祭にて迫力満点の忍者パフォーマンスを魅せ、会場を大いに沸かせた。さらに、日本の時代劇の第一線で活躍してきた仲間とともに作ったという無声短編映画も上映。敵対する2つの国の男女の忍者同士が恋に落ち、愛と死のどちらを取るかを描いた「忍者版ロミオとジュリエット」は、世界中の人たちに時代劇の世界観を伝えることを目的に撮影したのだという。

そんな田中さんは、京都における数少ないスタント女優として、これまでどのような活動を行ってきたのだろうか? 時代劇という日本特有の文化と、その撮影の裏側、さらに今後の展望について話をうかがった。

―まずは、スタント女優のお仕事を始めたきっかけを教えてください。

もともと器械体操をしていたのですが、東映京都撮影所が女性のスタントマンを探している中、幸運なことにちょうど私が該当して。それまでは京都でスタントの仕事をしている女性が少なかったこともあり、男性が女装をして女優のスタントを務めることも多かったようですね。昔からスタント女優になりたかったので、夢が叶った瞬間でした。

―具体的にどのような作品でスタントを行なっていたのでしょうか?

初めて出演したのが『水戸黄門』でした。由美かおるさんが演じる女忍者が出てくるのですが、そのスタントを行なったんです。スタント女優としては全くの素人だったのですが、撮影現場に到着するや否や忍者の衣装を着て、本番の撮影に出ることになったんです。刀の持ち方なども由美かおるさんに直接ご指導いただいたことを覚えています。


―基本的には、時代劇の撮影が多いのでしょうか?

そうですね。時代劇は映画やドラマも含めて半分以上が京都で撮影されています。その際、女優さんのスタントをほとんどやっていましたし、ときどきサスペンスドラマなどで殺されるシーン、階段を落ちるシーン、燃やされるシーンなどを演じました。

―かなり激しい撮影に挑まれているんですね。現場ではどのように撮影をしているのか、詳しく聞かせてください。

燃やされるシーンは、最初に防火ジェルを体に塗るんです。その後、体に燃える素材をまとって火を付けます。炎や熱を顔に感じたり、熱風を吸い込みそうになるときは危険を感じますよ。階段を落ちるシーンは、神社の階段を30段転げ落ちる演技に体当たりで挑みました。打ったら痛い場所を手でカバーしながら、転げ落ちるのがコツです。また、3階程度の高さから飛び降りることもあります。特に山中での撮影は条件が悪く大変ですね。着地する際に使うマットやトランポリンを安定して設置できる場所を探し、木の上から飛び降りたりします。


―話を聞いているだけで、手に汗をかいてきました。アクションを行なう際に恐怖心は無いのでしょうか?

カチンコの魔力と呼んでいるのですが、本番でカチンコが鳴った瞬間にスイッチが入って、何でも出来てしまうんですよね。撮り直しにならないように、緊張感を持って一発で決めるようにしますし、現場もピリッとした空気が漂います。そんな中でスタントを決めたあとは、すごく気持ちよくて。見物人やスタッフに拍手をもらえますし、達成感と充実感にハマってしまっている部分もありますよ。

―現在トロントに半年ほど滞在しておりますが、どのようなことを身に付けたいと思っていますか?

最近は京都で外国人のお客さんに対して1時間程度のショーを行なう「営業」と呼ばれる仕事もしています。日本語でショーを行ないますが、非常に盛り上がるんですよね。ショーが終わってから話しかけてくれることもあり、英語できちんと説明できるようになれたらと思っていました。それで、今後は営業の仕事をもっと増やしていきたいなと。というのも、テレビの仕事が少なくなってきているんですよね。


―テレビの仕事が減ってきたと感じたのはいつ頃からでしょうか?

6年前からです。それまでは、レギュラー番組とスペシャル番組、それから映画のスタントを定期的にこなしておりました。しかし、テレビで放送されていた水戸黄門が終わってしまい、レギュラーの仕事が無くなってしまったんです。スタッフも役者さんもそれをきっかけに辞めていった方が多いんです。

―日本特有の時代劇をどのように守っていきたいと考えていますか?

今までは撮影所の中だけで仕事をしておりました。しかし、営業の仕事を通して、海外の人たちが時代劇に興味を持っている事実を知りました。日本人よりも詳しかったりしますし、逆に日本人にとって敷居の高いものになってしまっている気がします。ですから、もっとイベントなどでショーを行ない色々な人たちに興味を持ってもらいたいと思っています。

―今回のトロント滞在で学んでいることを、今後どのように生かしていきたいですか?

日本人は、自分から売り込むことが苦手なのだと気付きました。向こうから来るものは受けるのですが、自分から取りに行かない人が多い。ですから、トロントのアクティブな人たちから学んで、物怖じしない精神を身につけられたらと思っています。

―現在思い描いている、将来の展望があれば教えて下さい。

京都には魅せるショーはいくつかあるのですが、お客さんが体験できる場所が少ないんです。これはあくまでも理想ですが、忍者の衣装を着て刀を持ち、基本的な忍者の動きを体験できる施設を作れたらなと。時代劇を通して日本の文化に携われるような場所ですね。それから、役者やスタッフ全員が自分のアイデアを発言できて、楽しく仕事ができるような環境作りですね。伝統は守りつつ、日本社会特有のしがらみは取り払っていけたらなと思います。


Biography

たなか ちひろ
『水戸黄門』ほか時代劇に出演するスタント女優。スタントマンの宍戸大全氏に弟子入りした後、2016年に独立。トロントでは日本映画際やエア・カナダのパーティで忍者パフォーマンスを行なったほか、トロントのニュースチャンネルのCP24にも出演し、日本の時代劇の魅力を伝えた。