日本の誇り、文化である時代劇復活を願う思い
Chihiro Yamamoto & Ken Ochiai
女優 山本 千尋 & 映画監督 落合 賢 (2015年1月23日記事)

チャップリンの『ライムライト』をモチーフに大部屋俳優の人生を描く

時代劇全盛期には、”東洋のハリウッド“と呼ばれた京都市太秦地区。その太秦の撮影所に所属する香美山清一(福本清三)は、斬られ役一筋のベテラン大部屋俳優。だが、時代劇人気の低下に伴い、最近は出番が少ない。そんな中、香美山は新人女優の伊賀さつき(山本千尋)と出会う。伊賀は香美山に殺陣(たて:格闘シーンの演技)の指導を請い、2人はいつしか師弟関係となる。そして伊賀は時代劇の殺陣をきっかけに、東京で活躍しスター女優となる…。 日本では昨年夏に公開された映画『太秦ライムライト』。11月にはロサンゼルスで北米プレミア上映され、その後、ニューヨークやトロントなど北米の都市でも劇場公開された。トロントでは11月に日系文化会館にて特別上映会が開催され、落合賢監督と女優の山本千尋さんが舞台挨拶に登場した。

― ロサンゼルスでの北米プレミアを終えたばかりですが、観客の反応はいかがでしたか?

山本千尋(以下山本)さん「スクリーンで自分の映画を観客席でお客さんと一緒に見たのは、初めてでした。笑うところでは思いっきり笑ってくれて、真面目なところでは一生懸命に見てくれて…。感情豊かに作品を楽しんでいる様子に感動しました」

落合賢(以下落合)監督「この作品は、昔は”東洋のハリウッド“と呼ばれた京都市の映画撮影所がある太秦を焦点にした映画。それをアメリカの映画産業のメッカ、ハリウッドでプレミア上映させていただいたということは、本当に光栄なことです。この映画の意義が発揮された場面だったと思います」

▲ロサンゼルスにて。左から落合賢監督、山本千尋さん、福本清三さん

― 3歳の頃から始められた武術で世界チャンピオンに輝くという経歴をお持ちの山本さんですが、女優業に初挑戦してどのような感想を持ちましたか?

「何もかもが初めてだったので、プレッシャーや不安はなかったですね。新しいことに対するワクワク感の方が強かったです。毎日毎日がすごく新鮮で、撮影期間中、みなさんがだんだん疲れていく中でも1人テンションが高いままでした」

▲映画『太秦ライムライト』より
©ELEVEN ARTS / Tottemo Benri Theatre Company


― 作品は、8月にモントリオールで行なわれたファンタジア国際映画祭にて、最高賞にあたる「シュバル・ノワール賞」を受賞。さらに、主演の福本清三さんが日本人初の「最優秀男優賞」を受賞しました。初主演で初受賞を果たした福本さんについて印象を聞かせてください

山本さん「お会いする前に、インターネットで福本さんのことを調べたんですけれど、写真を見る限り、”絶対怖い人だろうな…“と。そういう印象でお会いしたんですが、実際は真逆の方でした。撮影期間中も、劇中と同じように、弟子のように立ち回りを教えてくださったのですが、こそっと気を使いながらアドバイスをくださるというか…。謙虚で優しい方でした」

▲映画『太秦ライムライト』より
©ELEVEN ARTS / Tottemo Benri Theatre Company


落合監督「制作については2年ほど前に話をいただいたのですが、当時は福本さんについて、お名前よりもお顔で知っていた、という感じでした。福本さんが書かれた本『どこかで誰かが見ていてくれる』に、感銘を受けて”この人と是非、お仕事をさせていただきたい“と強く思いました 。 お会いする以前は”映画『ラストサムライ』の無口な侍役“の印象が強かったのですが、実際は明朗快活な方で興味深い話をたくさん聞かせていただきました。特に年間に何百本という撮影をしていた時代劇の黄金時代の苦労話をされる時の福本さんがイキイキしていましたね。今回の作品は、”5万回斬られた“という異名を持つ福本さんが主演されるということで、松方弘樹さんはじめベテラン俳優さんたちから”是非やらせていただきたい!“という声があり、集結してくれました。キャストだけではなく、スタッフの方たちも、”福本さんのためにひと肌脱がせてください“という形で集まりました。それは福本さんの人望だと思いますね」

▲映画『太秦ライムライト』より
©ELEVEN ARTS / Tottemo Benri Theatre Company


― 監督は現在31歳とお若いですが、 監督になったのはいつ頃ですか?

「映画を作り始めたという意味では、12歳の頃、中学校の文化祭が最初ですね。 暇さえあればカメラを持って、いろんなところを撮って…ということを続けているうちに、どうせやるんだったら自分が憧れている映画の本場ハリウッドで学びたいと思って、ロサンゼルスに行ったんです。英語も話せなかったですし、家族もいない。お金もそれほどあったわけじゃなかったので、映画を食べて生きているような(笑)、そんな感じでやっていました。子どもの頃の夢を追いかけてきた、その延長というか。好きなものに早い時点でめぐり合えたっていうのはすごくラッキーなことですよね」

― いわゆる下積み時代というのはなかったのですか?

「日本では、助監督の中でもサードやフォースというポジションから始めて、チーフをやって、その後に監督になるというのが黒澤明監督の時代から引き継がれている伝統的な道だったと思うんですが、アメリカでは違います。助監督というのは職業なので、助監督になって次に監督になるということはないですね。最近は短編映画や自主映画でいきなり監督デビューということもあります。そういうとチャンスが誰にでもあるように聞こえますが、紙とペンがあれば文章は書けますが、誰もが文豪になれるわけではないというように、 間口は広いもののその中で優秀なものだけが残っていくんだろうとは思いますね」


― 今作品で一番苦労したことは何でしたか?

「撮影監督は学生時代からつきあいのあるアメリカ人で、私たちがいつもしている撮影方法は、ハリウッドのスタイル。今回は時代劇という特殊なジャンルで時代劇の撮影には時代劇の決まりみたいなものがあり、それとハリウッドの撮影方法とを融合させることが、一番のチャレンジでしたね。時代劇の撮影方法というのは、リハーサルをして本番は1発で撮るっていう方法。一方、ハリウッドの方法というのは、いろんなアングルから何度もテイクを撮る。ハリウッドでは、編集の際に可能性を残しておき、一番いい瞬間を紡いでいきます。 今回は、ハリウッド式で撮影を行なったのですが、福本さんも山本さんも初主演。現場で一発で撮影するのではなく、彼女たちの自然な魅力を引き出すためにいろんなテイクを重ね、バリエーションを見ながら撮影し、ベストなものを紡いでいったというのがプラスに働いたと思っています」

― 最後に作品の見所と今後の目標を教えてください

山本さん「この映画は日本の文化である時代劇を世界に広めたい、復活させたいという気持ちが強く込められています。(そんな気持ちを反映するかのように)日本公開から始まった作品が、北米で公開されることになったことに、嬉しい気持ちでいっぱいです。 時代劇のテレビ放送は、現在ほとんどされていない状況で、私たちの世代には馴染みが少ないですが、この作品により、 若い世代の人たちが興味を持ち、時代劇を復活させることができればいいなとも思います。マイナースポーツの武術をもっと広めたいと思ったのが女優を始めたきっかけでしたが、今後は演技力のある女優を目指していきたいです。私の一番の持ち味は、アクションができることなので、『世界チャンピオンになっただけの動きをする女優だな』と言われるようなアクションができる女優になりたいと思います」


落合監督「この映画の一番の見どころは、初主演であるベテラン俳優の福本清三さんと、同じく初主演であり、新人女優、新進気鋭の山本千尋さんとの2人の関係性です。福本さんがこれまで築き、磨き上げてきたいぶし銀の後ろ姿と山本さんが放つ天真爛漫なダイヤの原石のようなキラキラした前向きな魅力というのがうまく化学反応を放っているので、そこの部分を見ていただければと思います。この作品で時代劇を作る人たちに触れ、魅力を再認識したのがきっかけで次回作は時代劇です。タイトルは『忍者THE MONSTER』。この作品を持ってトロントに戻って来られればと思います」。

 
 


Biography

やまもと ちひろ


1996年生まれ。兵庫県神戸市出身。3歳から太極拳を学び、2012年「第4回世界ジュニア武術選手権大会」の「槍術」部門で金メダル、「剣術」「長拳」部門ではそれぞれ銀メダルを獲得。『太秦ライムライト』は映画初出演。近日公開の出演作品は今春全国公開予定『新撰組オブ・ザ・デッド』。
【サイト】山本千尋オフィシャルサイト yamamotochihiro.com


Biography

おちあい けん


1983年生まれ。東京都出身。12歳の頃から映画を撮りはじめ、南カリフォルニア大学(USC)の映画製作学科に入学。卒後業後、アメリカ映画協会付属大学院(AFI)に進学。2008年、同大学院卒業。在学中に製作した『ハーフケニス』(09年)が全米映画監督協会の審査員特別賞を受賞するほか、『井の中の蛙』(10年)、『美雪の風鈴』(11年)、『消しゴム屋』(13年)など各国映画祭で受賞作品多数。
【サイト】落合賢オフィシャルサイト www.kenochiai.com

【サイト】 『太秦ライムライト』オフィシャルサイト www.uzumasa-limelight.net