監督第1作目でアカデミー賞候補に
Daisuke Tsutsumi
映画監督 堤 大介 (2015年3月6日記事)


次なる成長はゼロからのスタートにしかない

時は、世界が大気汚染に覆われた時代。汚れた大気と暗雲の影響を受けずに、生きながらえてきた小さな街があった。街は大きなダムによって、その呪われた大気から守られていた。家族代々受け継がれて来たダム・キーパーの仕事をするのは、今は豚の少年ただ1人。彼の仕事は、8時間に一度、風車を動かし、汚染された空気をダムの外側に追い出すこと。長い間平和ボケした街の人たちは、ダムが誰によって動かされているのか、そもそもダムの向こう側に何があるのかすら、忘れてしまっていた。そんなある日、学校にキツネの転校生がやってくる。天真爛漫なキツネとの出会いが、豚の少年の人生を変えることに…。

▲映画『ダム・キーパー』より Ⓒ tonkohouse

▲映画『ダム・キーパー』より Ⓒ tonkohouse

▲映画『ダム・キーパー』より Ⓒ tonkohouse

2月22日に開催された第87回アカデミー賞授賞式。長編アニーション部門にノミネートされていた高畑勲監督の『かぐや姫の物語』と並び、日本人監督の受賞が期待されていたのが短編アニメーション部門にノミネートされていた堤大介監督と日系アメリカ人のロバート・コンドウ監督の作品『ダム・キーパー』だ。落ち着いた色調の油絵風のアニメーションは、情緒的な世界観を創り出し、18分という短い時間で主人公の心情を巧みに表現。同作品は、昨年2月に行なわれたベルリン国際映画祭にて公式上映されて以降、数々の国際映画祭に出品され20以上の賞を獲得。カナダでは、トロント国際映画祭期間に開催されるTIFF KIDSにて9〜13歳の子どもの投票により決定される審査員賞に選ばれた。今回惜しくも受賞は逃してしまったが、アカデミー賞ノミネートの一報には、「他人ごとのように遠くから報告を見ている感じがしました。その時はそんな風にしか思いませんでしたが、その後で色々現実が忙しくなってようやく本当にアカデミー賞にノミネートされたのだと実感しました」と発表当時のことを話す堤大介監督。

▲『ダム・キーパー』コンセプトアート。コンセプトアートとは、作品のデザイン、アイディア、雰囲気などを視覚化するために作られる
    もの


この作品で監督デビューした堤監督はこれまで、 ピクサーアニメーションスタジオに所属し、『トイ・ストーリー3』や『モンスターズ・ユニバーシティ』などで光と色彩を演出するアートディレクターを担当してきた。今作で共同監督を務めたロバート・コンドウ監督とは、同スタジオでアートディレクターとして活躍していた同志。『ダム・キーパー』の制作には、2人で作品を作りたいと思ったことが発端だったと言う。

▲『ダム・キーパー』プロダクションスカルプト。それぞれのキャラクターを立体化したプロダクションスカルプトを描写して、自然な動
    きを映し出す


「ピクサーで7年間一緒にアートディレクターをしてきたロバート・コンドウ氏と、今度はアートディレクターの枠を超えて一緒に挑戦できることはないかと思ったのが『ダム・キーパー』制作のきっかけでした。当初は、3か月間、会社から休みを取って制作しようという予定でしたが、予想以上に時間がかかり、9か月かけて制作しました」 念願叶って始めた2人の共同制作だったが、制作中、一番困難だったことは、技術面ではなく、コンドウ監督との関係だったと打ち明ける。

▲ロバート・コンドウ監督


「”自分の作品“となった瞬間、人間にはエゴが出てきます。それで、これまで喧嘩をしたことのなかったロバートと何度もぶつかり合いました。これは苦しかったですね。お互いに尊敬しあっている存在なので、衝突するのはできれば避けたい。でも、ぶつかることを避けることよりも、その時にどう解決していくかということ、人間関係の上で一番大切な部分を学ばせてもらいました」

現在アメリカに在住している堤監督は、18歳まで東京で過ごした。高校時代は野球部に所属し、野球一色の生活を送っていた監督は卒業後、ニューヨークに留学する。英語を使わずに単位取得が可能という理由から絵画の授業を履修したのが、本格的に絵を学ぶきっかけだった。

「ニューヨークの美大スクール・オブ・ビジュアル・アーツに在籍していた時は、クラスメイトの誰よりも絵を描いていたという自負がありました。クラスも履修単位の範囲をギリギリ超えて、先生に頼み込んで授業にしのばせてもらったり、美大の他に、夜間の絵の学校にも通っていました。当時は、学校、カメラショップでのアルバイト、家で課題を描くという3点の往復という生活をしていました。大学時代は全くと言っていいほど遊びませんでしたが、絵を描く毎日がとても楽しかったです」

油絵を専攻していた美大時代には「19世紀後半のロシア、スペインの画家に影響と受けていた」という堤監督は卒業後、ジョージ・ルーカスが子ども向けビデオゲーム開発のために作ったルーカス・ラーニング社に就職した。その後、CGアニメーション製作会社ブルー・スカイ・スタジオに移り、『アイス・エイジ』、『ロボット』、『ホートンふしぎな国のダレダーレ』と3作のコンセプトアートを担当。アニメーションのクリエイターなら誰もが憧れるピクサーアニメーションスタジオには、 個人のウェブサイトに載せていたメールアドレスを通して『ファインディング・ニモ』のリー・アンクリッチ監督から直接誘われたのを機に2007年に入社し、アートディレクターとして活躍。そして昨年、ピクサーアニメーションスタジオから独立退社し、ロバート・コンドウ監督とともに制作スタジオ、トンコハウスを設立した。大きな組織からの独立の決断に見据えているのは自身のさらなる成長だと言う。



「ピクサーで、しかもアートディレクターという大役を任されて、この仕事はまさに文字通りドリームジョブでした。ピクサーの名のもとに、沢山の注目もしていただき、本当にこれ以上にない環境でした。でも、一度は全てが整った心地の良い環境から抜け、ピクサー創始者たちがそうしてきたように、自分もゼロから何かをもがきながら、苦しみながら、作っていきたいと思い、決心しました。そんな未来が見えないでやるという経験なしに、自分たちの次なる成長はないなと。

『ダム・キーパー』を制作して、監督業というのが夢というよりも現実に近づいて、無謀かもしれないけれど、このまま進もうと思いました。リスクを取って前に進むのが大事だと思ったからです」

初めての監督作品がアカデミー賞にノミネートという快挙を成し遂げた堤監督。近い将来について問うと、日本人とのコラボレーションをほのめかした。

「今後は映画を初めとするコンテンツを作っていきたいと考えています。日本人である僕がその特性を生かせないかと、日本人の人たちとも今後コラボしていきたいと考えていますので、日本の皆さんともこれからもっと沢山触れ合える機会があればうれしいです」。

 
 


Biography

つつみ だいすけ


18歳までを東京で過ごす。ニューヨークの美術大学School of Visual Artsを卒業後、アニメーションの世界に入り、ピクサーアニメーションスタジオにて『トイ・ストーリー3』や『モンスターズ・ユニバーシティ』の光と色彩のアートディレクターとして活躍した後、2014年に独立。日本では絵本『あ、きこえたよ』(PHP研究所)を出版し、世界中のアーティストを集めて行なったチャリティ企画「スケッチトラベル」の発起人でもある。

【サイト】『ダム・キーパー』オフィシャルサイト thedamkeeper.jimdo.com
【サイト】オフィシャルブログ www.simplestroke.com