流行よりももっと大きな価値のもの、普遍的なものを書きたい
Fuminori Nakamura
作家 中村 文則 (2015年1月9日記事)


世界で個性を出すために日本人らしさが武器になる

トロントで昨年10月に行なわれた国際作家祭(IFOA)で初来加した、作家の中村文則さん。デビュー作『銃』により、新潮新人賞を受賞。その後、芥川賞や大江健三郎賞などを次々と獲得した。昨年には『去年の冬、きみと別れ』が、全国書店員が選ぶ「本屋大賞」や「このミステリーがすごい!」にランクイン。さらに人間の暗部を描いた小説「ノワール小説」への貢献を称えられ、アメリカのDavid L. Goodis賞を受賞するなど、幅広い層の読者に人気の作家だ。

― 純文学の賞に加え、エンターテインメントのイメージが強い賞にノミネートされているのがとても興味深いです

「僕は日本では純文学という枠で扱われていますが、ミステリやノワールが入った純文学と言われることもあります。例えば僕が好きなドストエフスキーは難しい純文学というイメージがありますけど、『カラマーゾフの兄弟』は誰が父親を殺したのかというミステリでもあるので、小説というのは一つのジャンルで語れないものだと思うんですよ。なので、僕の小説もいろいろな語られ方をしますが、幅が広いということでいいことなのかな、と思います」

▲英訳版の著作の一部

― 日本に素晴らしい作家は大勢いますが、海外で評価されている最近の方となると少ないですよね。その中で中村さんの著書は現在カナダでは、3冊が発売されています。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙のベスト小説に『掏摸』が選ばれるなど高い評価をされていますが、違いはなんだと思いますか?

「自分でも理由はわからないんですが、ただひとつ言えることは、僕は日本の文壇の狭い流行を追わないんですよ。とにかく人間というものや、前の作品よりもいい作品を自分なりに書く、ということだけに集中しているので、もしも僕が海外で受け入れられているのだとしたら、それが理由かもしれないです。結局国を変えても(人間は)同じ人間ですから、普遍的なことを書けるのかもしれません」

― 個性を貫くのは難しいことだと思うのですが、人の評価はあまり気になりませんか?

「僕は2002年に25歳でデビューしました。その年で芥川賞の候補になり突然生活が変わったのですが、やはりいろいろなことを言われました。若いと、どうしても言われてしまいますから。ただその時に日本の出版社の人が『一切聞く必要はないから、このままやればいい』と言ってくれたんです。それを信じてやり続けて良かったと思います。僕と同じ02年にデビューした純文学系の作家で、今でもコンスタントに作品を出している作家は、僕のほかは中村航さんしかいません。多くの人は評価とかを気にして書けなくなってしまうのかもしれない、もしかしたら。僕はその時どきの流行よりも、もっと大きい価値に興味があります。例えばドストエフスキーやカミュは、当時の評価に加えて歴史的な評価まで確立している。そういったものをある意味信頼して、普遍的なものを参考に書いています」

― 作品を生みだす時の苦しみはありますか?

「これが不思議なんですけど、何を書こうかで悩んだことはないですね。一つの作品を終えると、次の作品がだいたい浮かぶ。それをどう表現するかではものすごく悩みますけど。書きたいテーマを元にぼんやりした構成を作って始めますが、始めの構成から変わっていったほうが面白いです。小説を書くには無意識や一瞬のひらめきという、思いも寄らないインスピレーションをどうすくっていくか、ということが非常に大事なので。書いたことを覚えていないほど、無意識的に書いているところがあります。そのほうが僕の能力を超えたものが書ける。そういうのが出てくるまでが大変ですけどね」

▲中村さん(左端)とカナダ人推理小説家ヴィッキー・デラニーさん(右から2番目)との対談の様子



― 作品にでてくるキャラクターにモデルはいますか?

「出てくるキャラクターのほとんどは僕の分身ですね。僕のある部分を強調するとこういう人物になるとか、だいたい全部自分からでてきます」

― 作品を読んでいると時々、中村さんの頭の中を読んでいるような錯覚を覚えます

「そうですよ、僕は基本的に逸脱してますので(笑)。だから海外に行くと落ち着きますよ(笑)。トロントもいろいろな人がいて、ああいう風に変わった人がいっぱいいると、安心しますね」



― 違ってていい、という肯定感がありますよね

「アメリカに行った時に強く思ったのは、個性の国なんだなと。英語で文を書ける人は世界中に大勢います。さらに、英訳された著作がアメリカにある外国人の作家も多い。そういった中で埋没しないように個性を出す時に、日本の伝統文化や日本の小説文化というものが役に立ちます。僕でいえば心理描写の仕方とか。やっぱり日本人は細かいですからね。日本文化ってすごくて、特に昔の日本文学や映画は本当に知られてますよね。僕が国際イベントなどでいろいろな国に行った時に、言語が違っても『川端康成』や『黒澤明』というキーワードで話せるのは、先人たちのおかげですね。それに誇りを持っているし、将来的には自分もそこに入りたいという夢があります」

― 世界で個性を出すために日本人らしさが役に立つんですね

「僕らの武器として使えるものだと思います。でもそれと同時に世界基準にも目を向ける。日本人らしさとグローバルな視点を両立させるというか。そういう感覚を持つと一番いいんじゃないかなと思いますね」

― 世界中に中村さんの作品が届けられることについて、どう思いますか?

「こうなることは非常に理想的です。でもまだ始まったばかりですね。予定を含めると、作品があるのは12か国になるでしょうか。もっと広げて、その国その国に浸透させたい。それが目標です」。


 
 


Biography

なかむら ふみのり


1977年愛知県出身。2002年新潮新人賞を受賞し作家デビュー。2004年野間文芸新人賞、2005年芥川賞、2010年大江健三郎賞を受賞。2012年『掏摸』の英訳版『The Thief』が米アマゾンと米ウォール・ストリート・ジャーナル紙のベスト10小説にそれぞれ選ばれる。2014年2月アメリカでDavid L. Goodis賞を受賞。映画化された『最後の命』が10月にNYチェルシー国際映画祭で最優秀脚本賞を受賞。12月には新作大長編『教団X』を発表し、英訳も決定している。