きっかけは些細なことから
Yuki Nakamura
TVプロデューサー/ 映画製作者 中村ゆき(2014年2月7日記事)
2007年に原爆をテーマにしたドキュメンタリー映画「No More Hiroshima, No More Nagasaki」でコリン・ロー・カナダ最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した中村ゆきさん。映画製作のみならず、カナダでTVプロデュースや日本語教育など縦横無尽に活躍する彼女だが、そのエネルギーはどこに由来するのか?

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「元々は1年の滞在のつもりだったんです」と24年前の渡加を振り返る中村さん。ワーキングホリデーとして夫婦 で来加したのは、この中村さん夫妻が初めてだった。

「学生の頃から英語が好きで。でもアメリカの大学に行きたいと父に話したら、『4年なんてとんでもない』と散々 反対されて。じゃ1か月ならいいのねって探してきたのがホームステイプログラム。それで海外に魅せられ、次にワーキングホリデービザで渡加することを決意したんです。その時には私は結婚していて夫婦共に仕事をしていたので、関係者にも『本当に行くのか』と何回も聞かれました」

そうして手にした夢の海外生活だったが、元々は日本に帰国する心づもりだった中村さん。現在までカナダで暮らし続けてきたのは小さなきっかけからだという。 「私たちには愛犬がいて、その子が死んじゃったら帰国しようと言ってたんですけど、16年以上生きたんですね。それで私達もここに居座っちゃいました。大志や野望がなくても良くて、小さなきっかけ1つで良いというか」彼女がトロント国語教室で日本語教師として働き始めた後、TVレポーターの二足の草鞋を履くようになったのも、些細なきっかけだった。

「CFMT(現在のOMNI)の『ジャパン・ジャーナル』という番組で、ホストの松下純子さんに(私が)取材されて。その直後に彼女の喉が痛いからと代役を頼まれたんです。それでいきなり、泣きながら汗をかきながらニュースを読むことになり…。その頃シアターでセットや衣装制作の仕事をしながら、日本語教師もしてと、とにかくがむしゃらでした」

そんな忙しい中でも、国語教室での仕事は子どもたちが可愛いから続けられた、と中村さんは言う。 「今も生徒とは連絡を取り合っていて、先日も日本での就職が決まったという連絡をくれて本当に嬉しかったです。皆、圧倒されるくらいにステップが大きいんです。周りの行動によって自分も影響を受けますね。わがままかもしれないけど、良い影響を受ける人を周りに集めているのだと思います。頑張る人はサポートするし、泣き言をずっと言う人は自然と私から離れる。だって何でも大変で当たり前、失敗して当たり前じゃないですか。やりたいならやればいいし、諦めるなら諦めて次の手を考える。時々文句も言うし泣き言も言うけれど、時間を決めます。今日だけにしようとか、時間がなければ30分とか、どんどん時間を狭めて(笑)」

やりきる所までやったら次へと切り替える。17年半務め続けたTVの仕事から、ドキュメンタリー映画の製作に踏み出すタイミングも来るべくして訪れたように思える。

「一本目の『No More Hiroshima, No More Nagasaki』は、自分が原爆について何も知らないのが恥ずかしいと思ったのがきっかけで。自分の得意分野である映像で何かやろうと、それくらい軽い気持ちでした。私の好きな言葉は『有言実行』なのですが、計画の段階で人に言っちゃうんですね。言っちゃったからにはやらなきゃというのに押されるんです。だからこの映画を撮るときも前トロント市長のデヴィッド・ミラー氏を取材したときに、原爆のドキュメンタリーを撮りたいと言っちゃったんです。そしたら『頑張ってください』という言葉を貰って。その後日本で被爆した方々に会った際にも話し、皆さんに期待されて『やらないとダメだ』となって。まだ企画書も提出していない時点だったので、その後一生懸命書いて、絶対通りますようにと祈って出しました。広島と長崎には親戚も知人もいなかったので、一人で行くのは勇気が要りましたけど、日本被団協に被爆者の方を紹介してもらって。彼らとは今もお付き合いさせていただいてます」

同作で彼女を突き動かしたのは、「人間の強さと優しさ」。そして、次に撮った東日本大震災をテーマにしたドキュ メンタリー映画「NEVER Forget Never GIVE UP」にもそれは通じるという。「家や家族、全てを無くした人の言葉 には凄いパワーがある。こんなに悲しい目に遭ったのに『可哀想』ではなくて、黙って噛み締めて自分の中に留め て前に進んでいく。被爆した方たちも同じで、人を責めることを言わない。優しい人はやっぱり強いですよね。そ ういう人に私は心惹かれます」

次作は「作る目的があればやります」と話す中村さん。人に対する「有言実行」。その言葉に、彼女の強さと輝きが秘められている。



 
 


Biography

なかむら ゆき

1989年、夫と共にワーキングホリデービザを取得し渡加。多言語多文化放送局「OMNI TV」の日本語番組「ワイワイ・ワイド」のプロデューサー、レポーターを務めた後、映画監督としても活躍。「No More Hiroshima, No More Nagasaki」でDOXAドキュメンタリー映画祭にてコリン・ロー・カナダ最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。

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