古典作品が語り継がれてきたように現代文学も紡いでいきたい
Hideo Furukawa
作家  古川日出男(2018年1月12日記事)


翻訳作業が進めば進むほど
その時代に引きずられていくような感覚


平清盛を中心とした平家一家の盛衰を描く古典『平家物語』。この有名な軍記物語の現代語訳を手がけた作家の古川日出男さんが、10月に開催されたトロント国際作家祭(IFOA)に出席。『語りの魔術師』との異名を持つ、彼の独特の表現力とリズミカルな文体が多くの文学ファンから賞賛されおり、また朗読イベントも積極的に行うなど、執筆だけでなく文学界の新たな形を切り開く活動にも力を注いでいる。今回は『平家物語』の翻訳作業についてのエピソードや、古川さん独自の視点から見つめる今後の文学の在り方など、たっぷりとお話を伺った。

―今回執筆された『平家物語』の現代語訳の作業はすべて手書きで行なったとのことですが、それはなぜそのような手法を用いたのでしょうか。
平家物語が生まれた時代には、当たり前ですが印刷技術なんてものはありませんでした。でも現代までこの軍記物語は語り継がれてきたわけですよね。それは、幾人もの人たちが手書きで書き写して、歴史を紡いできたので、自分もその作業に参加しなければいけないと思ったんです。平家物語の登場人物はかなり多くて1000人を超えています。実際に生きて、合戦で命を失った人たちの名前を1つ1つ書くことは、鎮魂の意味もありました。原稿枚数でいうと1800枚、期間でいうと約2年。肉体的疲労はもちろんですが、人命を書くことでなんだか命を吸い取られていくような気がして、翻訳作業が進めば進むほど、その時代に引きずられていくような感覚でした。まさに命がけでしたね。終わった時は達成感というよりは、ほっとした気持ちが強かったです(笑)。

―現代語訳の際は、過去に既に現代語訳された作品も読まれたりするのでしょうか。
過去の現代語訳は少しだけ読みました。ただ『平家物語』の一節で「祗園精舎の鐘の声、 諸行無常の響きあり」とありますよね。この原文がとても有名すぎて、あまり現代語訳されていないことも多いんです。だから自分の場合は、ゴロのいいところは原文のままでいくのではなく、一節の意味が分かってもらえるまで細かく訳していこうと思いました。その上でさらに、『平家物語』の原文が持つ、ダイナミックなリズムを蘇らせるかどうか試してみたかったんです。

―元々、演劇業界に関わっていた後に作家に転身されたと伺いましたが、どういった経緯で作家を志されたのでしょうか。
高校時代から演劇に関わり、舞台演出や脚本を手がけていました。ところがある日、脚本を書いている時に、ふっと演劇の限界を感じてしまったんです。例えば演劇において、すごく有名な脚本家なら100人の登場人物が出る物語を作ることができますが、もしそうでなければ、まずそんな大規模な物語は上映できない。つまり、最初から表現できることに制限が出てきてしまうんですね。それって「ものを創造する」という点においてすごく不純だと感じたんです。でも、小説の世界はそんなことは関係ないんですよ。頭の中で100人が登場すれば、そのまま100人が登場する物語を書くことができる。それに気づいたのが20代半ばくらいで、そこから小説家の道に進み始めました。

―今回行なわれた『平家物語』の朗読会の際の疾走感のある語りは圧巻でした。日本国内でも朗読会を積極的に行なっているのは、その演劇界での経験が生きているところはありますか 。
結果として、役に立っているかもしれませんね。本来は執筆活動をしたくて演劇界を辞めたのですが、表現の手法は違えど演劇も文学も体を使った人とのコミュニケーションなんですよね。というのも、本は紙に印刷されたただの活字ではあるけれど、読み手は黙読する時でも必ず、頭の中で言葉として音を再生しますよね。結局は、間接的に耳を使って受け止めています。そしてそれは作家も同じで、頭の中で言葉を発して、手を使って小説書く。すごく抽象的な考えですが、それをいざ作家と読者が対面した状態で、作家が朗読を行なったらどうかと試したいと思ったのが、朗読会を始めたきっかけでした。そこから実際に作家仲間と一緒にイベントを行なったところ、反応が思っていたよりもすごく良かったんですよ。最近では、文芸誌の付録として朗読のCDを付けてくれるようにもなりました。

『平家物語』
古川日出男 訳(河出書房新社)

―カナダやアメリカでは、作家が新作を出した際のプロモーションの一貫で、朗読イベントが頻繁に行われているのはご存知でしたか。
本ではまだまだ馴染みはありませんが、世界では当たり前に行われているのは知っていました。実際にIFOAや朗読会に参加してくれたカナディアンも多く、街で話しかけてくれる人もいました。私自身、朗読会自体はゴールではなくて、実際に作品にふれてもらえる、知ってもらえる手法だと思っています。いずれ紙だけの現代文学は衰退していくことは確実で、これは時代の流れだから仕方がない。ただ今回の『平家物語』のように古典が現代語訳で生まれ変わり、語り継がれていくように、また別の方法で語り継いでいかなきゃいけないと思っています。

―その思いがまさに朗読会に繋がっているのでしょうか。
そうですね。ただ特に朗読という形には固執してません。読者が新しい世界に気付いていてくれるように、文学にふれる新しいきっかけを次々と作っていきたいですね。表現や手法が変わっても、作家の思いを読者が受け取ることに変わりはないと思います。現代の文学が衰退する中での新たな形というか、本の輪廻転生と言いますか、古典作品が語り継がれてきたように現代文学も紡いでいきたい。そして未来より先、より多くの人に私の声を届けていければと思っています。



Biography

ふるかわ ひでお
福島県生まれ。1994年に作家デビューし、日本推理作家協会賞や三島由紀夫賞など数々の賞を受賞。10年前より「朗読ギグ」と呼ばれる自作の音読イベントを積極的に行う。作品は他の作家にはない個性的な表現力をもっており、文体は音楽のような直感的なリズムが特徴的。