人生のゴールが見え始めた男の物語
Hirokazu Kore-eda
映画監督 是枝 裕和(2017年2月3日記事)

強度のあるものを描けば国を問わず届く


トロント国際映画祭(tiff)にとってすっかり顔なじみの監督の一人、是枝裕和監督。北米で評される際にはその作風から独特の世界観を築いた巨匠、小津安二郎監督と比較されることが多い。第41回トロント国際映画祭ではマスター部門に最新作『海よりもまだ深く』が出品され、トロントの地に降り立った。『歩いても 歩いても』(2008年公開)に続き阿部寛さんと樹木希林さんが二度目の親子共演を果たした本作は、どこにでもある普通の日常で生きる人々のさまざまな葛藤を息苦しいほどのリアルさで描いている。そして、その根底には温かくてほろ苦い、決して切れることのない美しい人間同士の絆がさりげなく横たわっているのだ。今年3月に北米での映画館公開を予定している『海よりもまだ深く』やトロント国際映画祭のことについてなど、さまざまなお話を伺った。

―トロント国際映画祭ではすでにおなじみなので、「おかえりなさい」と言わせてください。今年の印象はいかがでしたか?

「今回、最新作を待っていてくれていた方達がいて、温かく迎えていただきました。上映でも、たくさん笑ってくれて、とても良い雰囲気でした。今、おかえりって言っていただきましたけど、10回も来ていると自分でもそういうふうに感じるので、本当に嬉しいね」

―いつも是枝監督の作品には見ている側への問いかけがあります。本作では、「なりたかった大人になれたのか」がテーマになっていますね

「仏壇のお線香立ての掃除をしていた時、なんとなく父親のお葬式の後の火葬場のお骨上げを思い出して、『ああ、父親はたぶん納得のいく人生を送らずに死んだなぁ』って思ったことがあるのね。それをそのままシーンにもしたんだけど、それともう一つ、48歳の時、ちょうどこの映画の企画を始めた時期に高校卒業30年の同窓会をやったんですよ。大同窓会、200人くらい集まったの。48ってすごく微妙な年齢なんだよな、男にとっては。大体ゴールが見え始めているでしょ、人生の。会社員だと早い人は支店長とか取締役、でも一方でリストラされた人たちも結構いて、明暗くっきりだったんだよなあ。なかなかシビアな同窓会だった。50を目前にするっていう状況は、男にとって結構焦る時期なんだなって思った。それで、人生のそういう時期の男の話をやってみようと思ったんです」

―ありふれた日常の風景は、幸せな安心感があふれていました。特に、母親役の樹木希林さんの存在感が素晴らしかったです

「樹木希林さんは一番尊敬している役者さんですね。いい加減なことができない。見透かされるから。こちらが背筋を伸ばして、きちんと向き合わなきゃいけない。監督にとってそういう役者がいるのはとても幸せなことだと思います。実は、樹木希林さんと阿部寛さんは完全にあて書きなんです。この話はあの二人を前提に書いています。2008年に『歩いても 歩いても』っていう映画を公開しているんですけども、その公開直後に、『あぁ、またこの親子で映画が撮りたいな』と思ったんですよね。でも、あの時はまだ阿部さんも40代前半、希林さんも60代でした。今、50を超えて、希林さんも70の大台になったところで、もう1本やるっていうのはすごくいいタイミングでしたね。2人と一緒にいい映画が作れたと思っています」

—息子役の吉澤太陽くんもナチュラルで瑞々しい演技でした。どんなディレクションをされたのですか?

「いつも通り、台本を渡さずに現場で僕が口で台詞を伝えていくというやり方でした。彼はあのまんまなの。オーディションで部屋入ってきたときから、声がちっちゃくてね。普通、子役の男の子は耳が痛くなるような大きな声を出すんだけど、まったく大きな声の出ない子だった、そこが気に入りました」


―阿部さん演じるお父さんに手を振るときも、手が上がりきらない感じの振り方でした

「そうなんだよね、そこがいいんだよね」

―本作は3月に北米での映画館上映となる予定ですが、作品を作る際、海外で見せることを意識している部分はありますか?

「ありません。意識しなくても伝わるものは伝わるし、伝わらないものは伝わらない。日本人だから伝わるかっていたらそんなこともないし、そこはね、あんまり国籍関係ないんじゃない?  『歩いても 歩いても』も、非常にパーソナルで日本的だと自分でも思っていたし、エージェントからも『ドメスティックすぎる、これは欧米人にはわからない』って言われたんだけど、実際には全くそんなことなかった。あの時も希林さんだったけど、あの母親像はどこの国でも伝わるんだなと実感しました。あまりインターナショナルであることを意識しなくても、自分の中で強度のあるものを描けば届くという自信にになったので、今回も徹底的にそこを掘り下げて、ドリフは海外では通じないとか、モスバーガーはわかるのかなとか、そういうことは一切無視して作ってます。たぶん、見ている人も自分の人生経験から想像がつくんだよね。だから大丈夫なんですよ」


—作品作りをする際、どんなものからインスパイアされますか?

「実際に世の中に起きている出来事、事件から何か考える、たとえば、育児放棄の問題から映画を撮ったこともありますし、いろいろですね。自分の実体験とか実人生、子どもとの時間みたいなものの中で、そこからの悩みとか発見が映画の種になっていくこともあります。あと、漫画とか小説を読んで作ることもなくはないですし、いろいろです。どれも面白いですね」

—今、一番興味を持っていることを教えてください

「今はもう次の映画の準備に入っていて、ちょうど脚本を作っているところなんですけど、法廷ものなので、弁護士っていう職業は一体何なんだろうっていうことが一番の関心事ですね」

—次回作でも是非トロント国際映画祭にいらしてください

「来れればいいですね。そうなったら素晴らしいけど、呼んでくれるかな、3年も続けて(笑)」。



Biography

これえだ ひろかず
1962年東京生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加、主にドキュメンタリー番組を演出。95年に映画初監督作品『幻の光』がヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞受賞。98年『ワンダフルライフ』が各国で高い評価を受け、30カ国で公開。04年『誰も知らない』がカンヌ映画祭で柳楽優弥氏が映画史上最年少の最優秀男優賞を受賞。08年『歩いても 歩いても』でブルーリボン賞監督賞受賞。13年『そして父になる』がカンヌ国際映画祭コンペティション部門審査員賞受賞。15年『海街diary』がカンヌ映画祭に正式出品。16年『海よりもまだ深く』がトロント国際映画祭に正式出品。

海よりもまだ深く」公式サイト:gaga.ne.jp/umiyorimo

是枝裕和監督の公式サイト:www.kore-eda.com