“夢が叶う”とは人生のおまけ
Hiromi Uehara
ジャズピアニスト 上原ひろみ (2012年8月4日記事)

目標に向かって今すべきことをしていく、それが一生懸命に生きるということ

トロント・ジャズフェスティバル(6月22日~7月1日開催)で、日本が世界に誇るジャズピアニスト、上原ひろみさんの公演が開催された。6月24日の公演当日、市庁舎前広場の特設会場は日本人を含むファンで埋め尽くされ、チケットが取れなかった観衆が会場周りのフェンスに群がるというほどの盛況ぶりであった。夜8時、一段と強いライトがステージに当てられると上原ひろみさんが満面の笑みで舞台に登場。続いて、ベーシストのアンソニー・ジャクソン、ドラマーのサイモン・フィリップスがステージに現れ、演奏が始まった。小柄な身体からほとばしるエネルギーが指を通して鍵盤に伝導しているような力強い音色。そして、これが1台のピアノから出される音かと思うほど、奥行きの深い、表現力豊かな演奏に会場は圧倒された。彼女が楽しそうにピアノを弾く様子は聴衆に高揚感を与え、会場全体が興奮に包まれた。スタンディングオベーションで惜しまれながら幕を閉じたライブから2日、モントリオールで行なわれるジャズ・フェスティバルに出発前の彼女にトロント公演の率直な感想を伺った。

「トロントのジャズフェスティバルの参加は今年で5回目だったんですけど、何度か演奏経験のある都市でのライブは、帰ってきた! という懐かしい感じがありますね。お客さんがお帰り~と言ってくれてるような温かい気持ちもステージに伝わってきますね。エネルギッシュな舞台のパワーの源ですか? それは、(自分からだけの発信ではなく)会場のお客さんからパワーをもらっているんだと思っています。それをまた、私が舞台からお客さんに送り返しているっていう感じでしょうか。今回のライブはソロではなくトリオだったので、メンバーの彼らともエネルギーのキャッチボールが出来て、楽しいライブができましたね。

ライブは、自分の音楽を聴いてくれる人からダイレクトにエネルギーをもらえる場所。それと、同じライブは二度とできないですよね。だから、一瞬一瞬に全力投球しています」
とライブの醍醐味を語ってくれた。

北米からアフリカ、アジアまで、海外公演を数多くこなしている彼女。ボストンのバークリー音楽院に入学するため20歳で渡米し、現在はニューヨークに在住。アメリカ生活が長い彼女も、海外公演に行く先々での苦労は未だにあるという。

「国によって、倫理観、国民性が違うので仕事のやり方がさまざまですよね。時間にルーズな国だったり。おおらかというか、大雑把というか、そういうお国柄の人と仕事をする時は、こちらが寛容にならないといけないですね」

また、自分の意見をはっきり伝えることの大切さを実感すると付け加えた。

「日本人同士だと、”大丈夫“と言っても、本当はそうじゃないことを察して心配してくれるじゃないですか(笑)。海外では、はっきり”大丈夫じゃない!“と伝えないといけないとかですね。旅行で訪れると、そのリラックスした雰囲気が気に入ったりしますけど、仕事で訪れると、そのルーズなところがストレスなったりしますよね」

上原ひろみ

6歳でピアノを始め、17歳の時に、来日公演のためリハーサルを行なっていたアメリカ人ピアニストのチック・コリア氏と対面。彼に促され、ピアノに向かった彼女の技術に感銘を受けたコリア氏とその場で即興演奏。公演最終日には観客の前で共演し、一躍話題となった。首席で卒業したバークリー音楽院在学中、大手ジャズレーベルと契約。そこで全米デビューを果たし、現在に至る。幼い頃から才能を開花させ、順風満帆にキャリアを積んでいるように見える上原さんには、スランプなどはあったのだろうか。

「自分がこれをやろうと決めてやっているのに、大変だとか苦労しているだなんて思うことはないです。外的要因、たとえば、天災だとか、そういうことがあれば話は別ですが、物事がうまくいかなかったり、満足できていないのは自分自身が原因。どうしたらその状況を変えられるかを考えて、前進するのみです」

発表するアルバムは、日本を含め、世界各国のアワードで賞を受賞。ヒットチャートの記録を塗り替えてきた彼女は、2011年にスタンリー・クラーク・バンドのCD制作に参加。その作品が、グラミー賞で最優秀コンテンポラリー・ジャズ・アルバム賞を受賞した。

「グラミー賞受賞の報告は、日本で聞きました。グラミーの発表が(日本時間の)早朝だったので、その日は朝から携帯電話が鳴りっぱなしでしたね。受賞に関しては、スタンリーやお世話になった方々に対してありがとうという感謝の気持ちです。もともと、賞を取りたいという気持ちはないんですよね。いろんな人から受賞の感想を聞かれるんですが、ありがとうという気持ち以外に何もないんですよ。受賞後、特別に意識が変わったりもしていません。グラミー賞はピアノがうまくなる魔法のアイテムではないですからね」

あくまでも平常心を失なわない上原さんにトロントで夢を叶えようとしている人へのアドバイスを伺った。

「夢を夢のままで終わらせないようにするには、夢を現実の目標へと落とし込むことが大事だと思います。例えば、大学に入学して2年後にこうなりたいというものがあれば、1年後にはどの位置にいないといけないか予想ができますよね。そこから逆算すれば、毎週、毎日、毎時間、やらなければいけないことが明確になるはず。今この時間に何をしなければいけないかを常に考えて、それに沿って行動をするということです。もっと簡単に言えば、夕食に何を食べるかを決めたら、買い物に行って、下ごしらえをして、自分の食べたい夕食を作りますよね。それと同じです。目標を定めて、今すべきことを明確にし、それに従って行動する。シンプルなことです」

最後に、上原さん自身の今後の目標を訊ねてみた。

「30年後に、年齢を感じさせるピアニストになるのが目標なんです。今は、そうなるために…と毎日やらなければいけないことをしています。”夢が叶った“というのは、毎日を一生懸命生きてきた人に対する人生のおまけなんだと思います」。

Biography

うえはら ひろみ

1979年生まれ。静岡県出身。6歳よりピアノを始め、同時にヤマハ音楽教室で作曲を学ぶ。99年ボストンにあるバークリー音楽院に入学。在学中にジャズの名門テラーク・レーベルと契約し、全米デビューを果たす。発表したアルバムは日本を含め世界各国のアワードで賞を受賞。ドリームズ・カム・トゥルーや矢野顕子さんらとのコラボーレーション公演などでも活躍。毎年、大規模なジャズ・フェスティバルからクラブ公演まで、欧米からアフリカ、アジアと世界を舞台に約100日、150公演のツアーを続けている。