人間性を磨いて紡ぐ大きな夢の舞台
Hiroto Saito
バレエダンサー 齋藤浩人(2013年3月15日記事)

舞台では、その人の持っているもの
全てが分かってしまうんですよ

Pizza e Pazzi

興味深い活動をしているバレエ団がある。ジョージブラウンカレッジのカサロマキャンパスの一角に拠を構えるバレエ・ヨーガン・カナダ(BalletJorgen Canada)だ。昨年で25周年を迎えたこのカンパニーは現在ツアー中で、公演はクラシックの名作『白鳥の湖』。3月に行なわれる予定のトロント公演に先駆けて、王子様役のジークフリードと悪役のロットバルトの2役を担当する日本人ダンサーの齋藤浩人さんを訪ねた。

『白鳥の湖』のツアーは昨年9月から始まり今年の4月で終了。カナダ国内各所を中心に、ざっと数えただけで34か所の公演となる。まさにカナダ縦断、ブリティッシュコロンビア州からノバスコシア州まで、州都から、全く聞いたこともない地名までが並ぶ。

「ツアーがメインのカンパニーなので、バレエの公演をあまりしていないところまで積極的に出かけて行くのが一つのミッションとしてあるんです。公演だけでなく、そこでバレエのクラスを教えたりしながら地元コミュニティと交流を図る、という活動をしています。

 公共の交通機関が無く、車でしか行けない所にも行きます。現地近くまでは飛行機なんですけども、その後、ミニバン移動。今年はダンサーが総勢24人くらいなので6人ずつ4台、それに衣装や舞台のセット、小道具等を運ぶトラックが2つ、それらは裏方さん達が運転します。ツアーは"乗って、移動して、現地に入って公演をして、それからまた移動"そういうことばっかりです。物凄くしんどいですけども、こういう形でやれることは珍しいですよね。だから各地での公演を楽しみにしています。既に西はカナダとアラスカとの国境の近くまで行きました。これからオンタリオ州を通って、今度は東海岸の方に行きます」

 齋藤さんのお話では、毎年このようなツアーは1月の終わりから春先まで行なわれるという。それ以外の時期は、夏場のオフシーズン以外はオンタリオ州内で舞台に立つことが多い。

「このカンパニーの所属なので、カンパニーのスケジュールに合わせて(いろいろなところを)廻ります。小さめのバレエ団なので、普段は男女合わせて16名くらいしかダンサーが居ないんです。だから、(物語を通しで上演する)全幕物のバレエの時はどのような役にしろ絶対に出なきゃいけない。一つの舞台で4役とか演じる時もあります」

 タイトなツアースケジュールに加え、1人何役も演じるとなると、体力的にも精神的にも大変だろう。

「そうですね。大変かと聞かれれば大変ですけどね。楽しいです。頭をいつも切り替えてできるので飽きないというか…。僕は、以前は大きなバレエ団に所属していて、踊らない日もあれば一役しかしない日もあったんです。でも、それでは…もっと踊りたかったんです。単純に」

 ツアー以外にも、このカンパニーだけのユニークな側面があるという。

「このバレエ団のダンサーのために作られた作品しか上演しないんです。だから、どの作品も必ずオリジナルです」

 そういえば、毎年12月になると定番のバレエ演目『くるみ割り人形』。バレエ・ヨーガンの公演では、通常はゴンドラが出てくる場面で、なんと、カナダならではのカヌーが登場していた。

「今回の『白鳥の湖』も、その舞台を変えています。この演目は本当にクラシックな作品で、従来だったら設定は中世ヨーロッパです。でも舞台を18世紀カナダ(ニューフランス)に置き換え、ノバスコシア州のルイブール要塞(カナダ国定史跡)に実際にあるゲートを、ほぼそのまま再現したものをセットの中心に使っているんです。カナダが舞台になっているので、各地のコミュニティに持っていくと凄く親しんでもらえますよね」

 そういう試みも、このカンパニーのビジョンは齋藤さんのダンサーとしての目標とぴったり合っていたという。

「いろんなところで働いてみて、自分の力が一番発揮できる場所に今、居ると思います。カナダも好きですし。

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 バレエってヨーロッパの方が盛んかも知れませんが、だからこそカナダでバレエを広めていくようなことをしたいですね。各地のコミュニティまで移動してカナダを感じさせる公演をすることでもっとバレエに親しんでいただいて、子ども達を含め、将来的にバレエを観に来てくださるお客さんが増えていくといいですね。そして、ゆくゆくは日本を含めた全世界へ広めていけたら…。バレエは敷居が高いとか言われますけど、ヨーロッパとかではごく普通に食事の後に見に行こうか、ってことになったりするんです。そのような身近にあるものなのに、敬遠されているようなところがあるのは悲しいです。もっと親しみを持ってもらいたいんです。それこそ、映画を見に行くような感じで来て欲しい。話は大きいです けど、カナダでのホッケーと同じぐらいの人気になればいいと思うんですよね」

 そんな齋藤さんがバレエを始めたのはお父様の影響が大きいという。

「父親は、10代後半から20代の若い頃にバレエをやっていたんですが、怪我をして辞めてしまったんです。最初にバレエのスタジオに連れて行ってくれたのは父親ですし、バレエについて相談するのもほとんど父親ですね。イギリスへの留学を決めたのは自分ですが…。本当にバレエがやりたいんだったら留学するのがいいかな、と思ったんです。子どもの頃からの夢で、実は、小学校の6年生の時 の将来の夢に既に"プロのダンサーになる"って書いていました」

 本当にひと握りの人間しか生業と出来ない職業であるダンサー。昔からの夢を実現させるまで、色々な人から助けをもらえて幸運だったと語る齋藤さん。夢を叶えた今、彼の目には何が映るのだろう。「振り付けなどもどんどんやっていきたいですね。でも、どの役を演じるとか、何をしたいか、と言う前に大事なことがあると思っています。いろんな芸術に触れたり、本を読んだりして学ぶことなんですけど…。どうしても、舞台に立つと人間性が出てしまうんですよ。隠せない。性格とか、その人が今までにやってきたこととか、持っているものとか、そういったものが舞台では全て出てしまうんです。だから常に精神を磨くこと、人間性を高めることによって自分の芸術を創造していくこと、そういうことを考えています」  

 あれがやりたい、これがやりたい、そんな想いに急かされて、人として基本となることを忘れがちな現代。関係ないことや遠回りの道だと感じることが実は一番大切なことかも知れない。そんな謙虚な気持ちを思い出させてくれた齋藤さん。

「観てくれたら、絶対バレエが好きになりますから」そんな彼の強い言葉に背中を押され、トロントで美しいカナダの白鳥の湖の世界を堪能したい。



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Swan Lake
日 時:3月27 日(水)、28 日(木)、30 日(土)
場 所:Betty Oliphant Theatre(404 Jarvis St.)
入場料:$29 ~ 75
連絡先:416-961-4725
サイト:www.balletjorgen.ca

*その他、4月にもトロント市内で上演予定あり。日時、場所などはサイトにて確認してください。



 
 


Biography

さいとう ひろと

1980年生まれ。兵庫県出身。7歳からバレエを始める。中学生の時、奨学金を受け取り英国ロイヤルバレエスクール・ホワイトロッジにて2週間の短期留学、同校のサマースクールでも奨学生として学ぶ。96年、英国イングリッシュナショナルバレエスクールへ留学、成績優秀により2年間の奨学金を授与される。99年に卒業後、香港バレエ団に入団。2007年よりバレエ・ヨルゲン・カナダにプリンシパルダンサーとして移籍し、同カンパニー内でのほぼ全てのレパートリーにおいて主役を務める。