今だからこそ、若者たちに伝えたい ある日系カナダ人の物語
Joy Kogawa
小説家 ジョイ・コガワ(2017年2月3日記事)

お互いを十分に理解し合った時、私達は本当に愛し合える


日系カナダ人が戦時下のカナダでどのような体験をしたかご存じだろうか。財産没収、西海岸から東への強制移動、収容所生活、さらには非情なまでの人種差別…。

今の私たちの平和な暮らしからは想像し難い現実を背負わされ生き抜いていかなければならない時代があった。まだ子どもだったにもかかわらず、日系人としてそんな生活を余儀なくされたバンクーバー生まれのジョイ・コガワ氏は、その記憶を一つの物語として紡いだ。それが1981年に発表された『Obasan(邦題:失われた祖国)』だ。本書はBooks in CanadaのFirst Novel AwardやBefore Columbus FoundationのThe American Book Award などを受賞し、カナダの傑作歴史文学の一つとして認めらている。また、戦後、損害賠償を求める日系カナダ人がリドレス運動を起こし、1988年に当時のブライアン・マルルーニー首相が正式に謝罪、損害賠償を行なう決定をしているが、本書はこのリドレス運動の盛り上げに大きく貢献したといわれている。

さて、1986年にコガワ氏は本書を児童向け文学に改作した『Naomi’s Road(邦題:ナオミの道―ある日系カナダ人少女の記録』を発表した。これがオペラとして作品化され、カナダ全土の学校をまわる公演ツアーを行なってきたが、昨年11月に初のトロント公演が実現した。11月20日、St.David教会で行なわれたトロント公演最終日は小雪が舞う肌を突き刺すような寒い日だったが、会場は満席。開演前には監督をつとめたマイケル・ヒデトシ・モリ氏がよく通る快活な声で挨拶し、客席を和ませた。小さなステージながら、次々に様変わりする舞台美術は秀逸で、生ピアノ演奏の音楽と共に物語はテンポよく展開していく。キャストの中でも母親役と、カナダ人の女の子ミッツィー役、そしてオバサン役の3役をこなしたエリカ・アイリスさんの豊かな声量の歌声と演技力が特に素晴らしかった。そして、ナオミの子どもならではの視点と生き生きとした元気さが観客に温かなエネルギーと新たな気づきを与えてくれる舞台に仕上がっていた。

現在、バンクーバーとトロントの2か所に拠点を置き、両市を忙しく行き来するジョイ・コガワ氏に本公演についてお話を伺う機会を得た。


―2005年に『Naomi’s Road』がオペラとなり、カナダ全国で公演されてきましたが、オペラとして舞台化された経緯を教えてください

「1958年に設立されたカナダで2番目に大きなオペラカンパニーの『バンクーバー・オペラ』のジム・ライト氏が私の本を読み、感銘を受けてくださいました。そして、舞台化に向けて必要な人材を選出してくれたのです。以前、彼が私に送ってくれた手紙を紹介します。“あなたの本を読み、この物語に大変感動しました。そして、特に若者たちに向けて何度も何度も語られるべきだと思ったのです。私たちはこの物語を決して忘れてはなりません。ですから、私はこの物語をオペラにして、学校で上演するツアーを組むことに決めました。アン・ホッジズにオペラの台本を書くよう依頼し、企画書を出した後、私と私のチームはラモーナ・ルーエンジェンに作曲を頼みました。その後、予算組みをして、ワークショップを開催し、ラモーナとアンと共に仕事をしてくれるワークショップ・パフォーマーを選び出しました。音楽監督を引き受けてくれたレズリー・ウエダはラモーナとアンと共に密に仕事をしてくれただけでなく、パフォーマー選びにも力を貸してくれました。ランディ・スミスが進行のマネージメントを、私が全体を見ることにしました。その後、学校を回るツアーに行く最終キャストを決め、各州での上演スケジュールを組んでいきました。嬉しいことに、オタワのカナダ戦争博物館では『Naomi’s Road』を2週間以上に亘り上演することができました。またシアトルの公立図書館やワシントン州のベインブリッジアイランドで行なわれた記念式典でも上演しました”」

―多くの人々がかかわり、長いプロセスを経て完成したオペラなのですね。これまでの公演の中で、印象に残っている観客からのコメントを教えてください

「『今だからこそ、すべての人がこのオペラを見るべきです。“オー・カナダ”をステージで歌われるのを聞いて涙が出ました。この出来事についてはどこかで聞いて知っていましたが、このオペラを見て心で感じることができました』というコメントをいただいたことが一番印象に残っています」

―ありふれた日常の風景は、幸せな安心感があふれていました。特に、母親役の樹木希林さんの存在感が素晴らしかったです

「樹木希林さんは一番尊敬している役者さんですね。いい加減なことができない。見透かされるから。こちらが背筋を伸ばして、きちんと向き合わなきゃいけない。監督にとってそういう役者がいるのはとても幸せなことだと思います。実は、樹木希林さんと阿部寛さんは完全にあて書きなんです。この話はあの二人を前提に書いています。2008年に『歩いても 歩いても』っていう映画を公開しているんですけども、その公開直後に、『あぁ、またこの親子で映画が撮りたいな』と思ったんですよね。でも、あの時はまだ阿部さんも40代前半、希林さんも60代でした。今、50を超えて、希林さんも70の大台になったところで、もう1本やるっていうのはすごくいいタイミングでしたね。2人と一緒にいい映画が作れたと思っています」

—2016年11月に初めてのトロント公演が実現しましたね

「もう感謝の気持ちでいっぱいですね。特にフランク・ホリ・ファウンデーションには心から感謝しています。彼らの迅速な支援なしには公演の実現はありませんでしたから」


―舞台監督をされたマイケル・モリさんのディレクションはいかがでしたか?

「マイケル監督は素晴らしい仕事を成し遂げたと思います。今では私も彼のファンの一人です」

―コガワさんにとって、小説『Obasan』、子ども向けに改作した『Naomi’s Road』は自伝的作品でもあります。この作品を通して、戦後70年以上を経た今、一番伝えたいことは何ですか?

「私は人々と文化というのは異なるものだと捉えています。まず私達は自分達自身のことをもっと知るべきです。たとえば、いかに偏見を持ち、どんなことに恐れを感じているか、といったことを。未知の人々と交流することは大切なことです。そしてその時、相手に対してそれまで抱いていた偏見や恐れについてどう考え、感じているのかを知ること、それが特に重要です。お互いを十分に理解し合った時、私達はお互いに本当に愛し合えるのです」


—作家として活動するうえでエネルギー源になっているものは何ですか?

「私がするようにと運命づけられていることを自分がしているという意識、ですね。私達は誰もが人生でなすべき何かを持っていると思うのです。それは時には一番厳しいことかもしれません。逃げ出したいと思うこともありますけどね」。 


Biography

ジョイ・コガワ
小説家。1935年、カナダ・バンクーバー生まれ。第二次大戦中に家族でスローカンの収容所に収容され、大戦後にはアルバータ州コールデールに強制移住させられた経験を持つ。1981年自伝的小説『Obasan』を発表。同作を児童向け読み物に改作した『Naomi’s Road』はオペラとして舞台化され、カナダ各地で公演されている。日系カナダ人リドレス運動に尽力。86年カナダ勲章、2006年ブリティッシュコロンビア勲章を受章。10年に日系カナダ人の歴史の理解と保存の貢献により旭日章を受章。バンクーバーとトロント両市に在住。