Special Report
肺癌治療の最先端に迫る!
トロント総合病院の助教授 安福和弘(2014年3月7日記事)

トロント総合病院呼吸器外科が牽引する最新肺癌治療。
体への負担を最小限におさえた検査、手術、治療を目指して

世界有数の医療最先端都市、トロント。病院やラボがネットワーク化されたUHN(University Health Network)の中でもひと際大きな存在のトロント総合病院。北米でも指折りの優秀な医師が集るという呼吸器外科では、常に新しい視点で肺癌の治療・研究が行なわれている。その精鋭な医師団を率いるのが日本人医師の安福和弘先生だ。今回は安福先生の案内の下、昨年完成したばかりだという最先端技術が駆使されている手術室に潜入。内視鏡、ロボットが可能にする肺癌に対する超低侵襲手術など現在トロント総合病院呼吸器外科で行なわれている 治療、手術に迫る。

肺癌手術の経緯

世界で初めて肺癌に対する肺摘出を成功させたのは1933年に行なわれた手術であった。以来、胸を開き、医師が 直接患部を見て、体内に手を入れながら手術をするというのが一般的であった。その後、CCD(Charged Coupled Devices)イメージセンサーの開発により、手術用カメラを患者の体内に入れて患部を映し出し、画面を見て行なう胸腔鏡(きょうくうきょう)手術が主流になっていった。
90年代にはマニュアルだった胸腔鏡手術の歴史を大きく変えたのが2000年に米国インテュイティヴ・サージカル社が開発した内視鏡下手術用の医療用ロボット「ダヴィンチ」の誕生だ。カナダで初の肺癌に対するロボット手術が行なわれたのはトロント総合病院にて11年10月のこと。胸腔鏡手術とロボット手術の違いを安福先生により、わかり 易く説明してもらうと、「胸腔鏡は右手と左手にナイフとフォークを渡されて手術している感じで、ロボット手術は箸を両手に持っている感覚」だと言い、細かい作業が可能になったという。
▲ 執刀医は3D モニターを見ながら遠隔操作で装置を動かし、ダヴィンチ(写真右)に装着されている手術器具が連動する

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執刀医は患者の体から離れ、両手と両足を使い、コンソールを操作して手術を行なう。初のロボットを使用した肺癌 手術から2年半経ち現在は、ロボット手術に加えて、レントゲンやCTスキャン、内視鏡などを使って、肉眼では見えないようなものを見えるようにしていく技術、まるでバーチャルリアリティの中で手術をしていくことに向けて尽力しているという。将来的な手術の実現に向け、安福先生らが中心になり約8億円かけて開発されたのが最先端のスキャナーや画像装置などを備えた手術室Image Guided OR(GTx OR)だ。

*写真トップ・左: 最先端内視鏡、画像診断技術を駆使した手術室Image Guided OR(GTx OR)。現在は臨床研究の場として活用されている







肺癌手術の経緯

日本では30年以上も癌が死因の1位を占めているが、カナダでもそれは同様だ。男女別の癌発生率は、男性では前立 腺癌が1位。2位が肺癌。女性では乳癌が1位で、肺癌が2位となっている。一方、死因別に見ると、その順位が入れ替わり、肺癌が男女とも1位。手術の成功率を5年生存率の推移(表1)で見ると、約20年後には、癌全体の生存率が 16%上がっているのに対し、肺癌の生存率はわずか3%の上昇である。日進月歩の医療技術の進化にあって肺癌の生存率が横ばい状態なのは、肺癌は早期発見するのが困難なことだと安福先生は指摘する。

早期発見に向けて



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肺癌は、初期に自覚症状が出にくいため、医師が診察する際にはすでに癌が進行していることが多いという。肺癌の手術後の生存率が低い理由としては、初期段階で腫瘍が血管やリンパ管に浸潤し、その流れによる転移の発生しやすいことが挙げられる。どの部位の癌においても治療方針の決定には、その広がり具合を見定めることが必須。肺癌においても気管周辺の肺門部、縦隔リンパ節への転移の確認は最重要。だが、CTなどでは満足のいく診断はできないという。そのため、正確な診断には縦隔鏡検査という手術が必要となるのだが、身体への負担が大きいことから避けられることが多く、不適切な初回治療が行なわれることが少なくなかった。縦隔リンパ節への転移診断法が待ち望まれていた中、02年に安福先生は精密機械メーカーのオリンパスとの共同で超音波気管支鏡を開発。この技術により、以前の縦隔鏡によるリンパ節転移診断では必要であった全身麻酔と切開が不要になり、針をリンパ節に刺して切らずに細胞の診断が可能になった。患者の体に負担をかけずに、的確な治療法が決定できるため、現在では超音波気管支鏡の使用が主流になっている(表2)

手術なしで完治も可能に

患者にとって外科手術でつらい期間は切り開いた手術創(しゅじゅつそう)が回復するまでの間。開胸手術のような大手術であれば、組織や皮膚が付着するまで痛みに悩まされ、また感染症の危険にもさらされる。このため安福先生が提唱するのが最先端気管支鏡技術を使った治療法だ。内視鏡的早期肺癌に対しては特殊な気管支鏡技術を使用する ことにより癌がどこまで浸透しているかを診断することができ、癌を発見した場合は、そのまま内視鏡で腫瘍の切除を行なうことができるという。これにより手術による入院の必要がなく、外来の手術で癌細胞が切除する内視鏡手術が可能となることが起こりうるという。

肺癌の予防

肺癌において最先端医療がトロントで受けられることはうれしいことだが、肺癌を患い、手術に至らないようにするに越したことはない。最後に安福先生に予防について伺った。「喫煙をしないことですね。発癌性物質が40種類も含まれているというたばこの煙は肺癌に限らず、全ての癌の発生の元になり得ます。吐く煙の方がより発癌性濃度が高いので、家族などに喫煙者がいる場合も要注意です。
禁煙後、5〜15年後経てば、肺癌になるリスクは減るので、現在喫煙者であっても今から禁煙すれば遅くないですよ」

〈取材/青木 りえ〉

 
 


Biography

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安福和弘(やすふく かずひろ)

兵庫県西宮市出身。千葉大医学部卒業。99年、米国インディアナ大学医学部へ留学。帰国後、医学博士号を取得し、千葉県がんセンター呼吸器科医長などを経て、2003年より千葉大学病院胸部外科の助教を務める。02 年、超音波気管支内視鏡をオリンパスと共同開発。08 年よりトロント総合病院の助教授に就任。09年には「超音波気管支鏡の開発」で産学官連携功労賞表彰、厚生労働大臣賞を受賞。