言葉で世界を紡ぐ
Kazushige Abe & Mieko Kawakami
作家 阿部和重 & 川上未映子(2014年1月24日記事)

刺激し合い、高め合う関係

独特の言葉のリズムと文体で、するりと読者を物語へと引き込んでいく。スタイルは異なれど、2人が紡ぐ言葉の響きは魅惑的であり、同時に常識というものへの挑戦的な姿勢が伺える。若くして才能を開花させ、芥川賞をそれぞれ手にする阿部和重さんと川上未映子さん。夫婦でもある彼らの間に響き合うシンパシー、作家としての原点とは?
昨年、第34回国際作家祭のために初来加した彼らに聞いた。今回、2人は東日本大震災後の世界を表現し、英語翻訳版も出版されたアンソロジー『それでも三月は、また』に寄せた自作を朗読。自作を敢えて声に出すと いう作業はどんな感触なのか。

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阿部
「僕は自分の作品に、作者であること以上に自分自身を介在させたくないという考えがあるので、朗読の機会があっ ても断ってきたんです。でもトロントの皆さんに自分の名前を認識してもらえるのであればと思い、考えを改めました。
実際にしてみると、大変難しいものでしたね。普段喋っている日本語と違って訛ってしまったり… ずっと首をかしげながら朗読してました。彼女(川上さん)は朗読のプロみたいなものですよ(笑)」


川上
「私も目で読むのが好きだし、朗読していると途中から何をやっているのか、わからなくなりますよ。でも、こうだと思っているものがちょっとズレて見える瞬間が、自分にとって良いものなので、朗読もそういう側面があるかもしれない。だから読むためのものを純粋に作るというのも面白いかもしれないですよね」

Pizza e Pazzi 同書で川上さんは、震災前日の生命の物語を"毛糸"という形で表した短編『三月の毛糸』を寄稿。そこには「日本で 生きることは、直前の3月10日を生きるようなもの」という思いが詰まっている。 実際、東日本大震災後に書く上での意識に変化があったのか?

川上
「私は震災後と妊娠・出産が同時期にあったので、どの変化が一番大きかったかというのは、わからないんです。た だ震災後、目に見えない不安というのは続いていて、震災のことを書こうと思わなくても何かの拍子に顔を出すんですよね。物語を書くレベルで何かを帯びている自覚はあります」

これに阿部さんも「一連の出来事によって、ある考えが非常に明確になった」と頷く。同書に寄せた『RIDE ON TIME』では、震災後に流れた"不謹慎"を逆手に取り希望を見いだしている。

阿部
「あのような状況下では国全体が物語一色に染められやすくなり、不謹慎という言葉で抑圧に機能してしまう。それはもちろん追悼の表現ではあるけれども、そこからこぼれ落ちてしまうマイナーな人々の話もあるわけですよね。不 謹慎・自粛ムードの中で、不謹慎に振る舞うことの自由も同時にあるべき。その考えが改めて明確になりました」

それはあくまでも感情を起点とするものではなく、「構造を書きたい」という阿部さんの作家としての動機の延長にあるものなのだろう。

阿部
「普段はこういう風に見えてるけど、そこに走るルール、無意識に皆が共有している習慣や勘というのがあって、それを目に見えるようにしたいという気持ちがあるんです。『バタフライ・エフェクト(ある場所での蝶の動きが遠くの場所での天候に影響を及ぼすこと)』という言葉がありますが、全く関係性はないかもしれないけど因果関係がある。それが構造と言えますよね」

川上
「自分が知ってる世界や街、人間の感情や小さなコミュニティのやりとりでも、阿部さんの作品を読まなかったら気 づかなかったルールや構造が見える瞬間があるんですよね。世界をここで見ることができるという。なぜ私が阿部さんの作品を説明しているのか(笑)」

読者としての感想が自然とこぼれる川上さん自身も「私も似たところはある」という。小説だけでなく詩も手がける彼女だが、その原動力となるものは何なのか?

川上
「これは良い事だ、これは悪い事だというのを、皆良い事も悪い事もないよとは言いながら、でも信じて生きてる じゃないですか。女はこう、男はこうとか大きなことから小さなことまで、やっぱり先入観で動いている。そういう小さなことを一回宙吊りの所にもっていきたいという気持ちが小説にはあります。
詩はそれとは全く無縁で、例えばオリンピック選手が人生を賭けて築き上げてきた筋力と経験で披露するもの凄いパフォーマンスを見たときって、凄いとしか言いようのないものがある。詩ではそれを言葉で出来たらなという思いが あって。意味や物語がなくても、そこに文字が並んでいるだけで『わーっ』というのを書きながら感じたいし、読んだときにも再現したい。私は詩と小説の両方があってすごくラッキーだと思うんです」

作家としての傍ら、女優・ミュージシャンとしての顔ももつ川上さん。その底知れない表現力のルーツは、ある衝撃に遡るという。

川上
「初めの体験は国語の教科書で、詩にビックリしたことでした。中学1年生くらいの時に松井啓子さんの『のどを猫 でいっぱいにして』という詩を読んだのですが、それは凄い体験でした。宮沢賢治の詩のような物語はないし、ただ『のどを猫でいっぱいに』という言葉だけが繰り返されていて、それがずっと心に残っていて。このときに現代詩は凄い!と思ったんです」

一方、阿部さんの作家としてのルーツは、それとは異なる。

阿部
「僕は映画の専門学校で演出を学んでいたのですが、全員まず脚本を書かなきゃいけないんですね。それまで趣味レベルで物語を書く事はありましたが、意識的に物語を最初から最後まで組み立てるのは、それが初めてでした。それで自分なりに一つ手応えがあって。学校も関係なく、ひたすら脚本を書いては友人に見せるというのを続けて、書く 事の面白さを感じていったんです。でも自分の書いていたシナリオというのは映像化されるアテのないもの。段々とそこだけで表現したいという気持ちが膨らみ、書き込みが増えていって…。シナリオコンクールに出そうと思っていたのですが、おおよそシナリオにならないものになっていたので、これはどうしようかと真剣に考えたんです。それで、何でもありな小説があるじゃないかと。そこで初めて、小説を書くことを考えるようになったんです」

それぞれの形で、書く表現の魅力にとりつかれた2人。読者としても、時間ができれば互いの作品を読んで「基本的には悪いことは言わず、励まし合う」とのことだが、では2人の共作の可能性は?と尋ねたところ、「ないですね。子育てが最初にして最後かな(笑)」ときっぱり。しかしながら、互いに高め合う2人が今後起こす化学反応に、やはり期待せずにはいられない。



 
 


Biography

あべ かずしげ

1968年生まれ。94年に『アメリカの夜』で第37回群像新人文学賞を受賞。2004年『グランド・フィナーレ』で第132回芥川賞受賞。同年『シンセミア』で伊藤整文学賞、毎日新聞文化賞をダブル受賞。10 年『ピストルズ』で第46 回谷崎潤一郎賞を受賞。最新作に短編集『Deluxe Edition』。



かわかみ みえこ

1976年生まれ。2007年に初の中編小説『わたくし率イン歯ー、または世界』を発表。08 年『乳と卵』で第138 回芥川賞を受賞。09年、詩集『先端で、さすわさされるわそらええわ』で第14 回中原中也賞受賞。10年『ヘブン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。13年『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。